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zoom RSS 1671 JR30年 何があったのだろう

<<   作成日時 : 2017/04/01 22:00   >>

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 新年度になりました。今月から原則、毎週火・木・土曜日の週3日更新とします。今後もよろしくお願いします。

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 今日4月1日、国鉄の分割・民営化、JR各社スタートからついに30年になりました。各社ではセレモニーも行われているようです。
 30年となるとやっぱり長い。産まれた子供が小・中学校、高校、大学も卒業して社会人としても油にのりつつある頃、優秀な人材なら企業や官庁などの中枢を担うかも知れない位の年月です。60歳以下の人は、もう国鉄よりJRとの付き合いの方が長くなった、という事でもあります。

 これだけの長い歳月で、JRではどのような事が起こったのでしょうか。政治・経済・労働の分野でも様々な出来事がありました。遺憾ながら大事故もあったし、その他様々な分野で様々なトピックスがいくらでもあるのだけれど、ここではあくまで鉄道趣味的な事に絞ります。「新幹線開業」「青函トンネル・瀬戸大橋開業」「ローカル線問題」など、一般にも大きく報道されている事も多いし、先日のJTB時刻表2017年4月号でも、グラビアや付録でピックアップされたものもあります。できるだけそれ以外の所から、違う視点で見て、書き並べてみます。

 簡単に感想・意見も記してみるが、別に順位付けをする事はしないし、良し悪しをどうのこうの言うつもりもありません。今一度JRの30年を振り返りってみましょうか。

在来線特急ネットワーク矮小化

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 寝台特急が〔サンライズ〕を残して全廃、というのもあるが、昼行においても新幹線の新規開業や延伸もあって、ネットワークが小さくなりつつあります。
 既に民営化の時点でJR旅客3社以上を直通する特急(本州⇔北海道・四国はありえなかったが)は、昼行では大阪〔しなの〕(西日本〜東海〜東日本)のみになっていたが、昨年の改正で廃止になって消滅。隣のJR他社へ行く列車でさえ、北海道・九州は全滅、昼行も東日本〔踊り子〕(修善寺)、東海〔しなの〕〔ひだ〕〔南紀〕、西日本〔しらさぎ〕、四国〔しおかぜ〕〔南風〕〔うずしお〕のみ。
 当時の昼行最長距離列車は、大阪〜青森間〔白鳥〕(1,040.0q)でした。現在は博多〜宮崎空港間〔にちりんシーガイア〕(411.5q)。
 広島県は〔富士〕〔はやぶさ〕廃止で、在来線の特急が全滅。一方で新たに特急が走り出した路線も、宗谷本線・身延線・飯田線・七尾線・高徳線・徳島線・九大本線・豊肥本線などがあります。指宿枕崎線や志布志線、三角線(土休日のみ)なんて、特急の運転など想像できなかったけれどねえ。

定期急行列車が全滅

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 昨年改正で廃止になった〔はまなす〕を最後に、定期の急行列車は全滅しました。特急と快速に挟まれて明確なポジションを失ってしまったのでしょう。特急格上げや需要減による廃止の他、特に東海より西では、急行以上のスピードやアコモデーションの快速がフリークエントサービスを行うようになった事もあるか。
 今後は、在来の快速系で上位級を「急行」と呼称するなどの試みがあっても良いかもしれません。

定期客車列車が全滅

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〔はまなす〕廃止は、同時に定期客車列車の消滅をも意味しました。
 30年前は寝台特急はもちろん、夜行の客車急行も寝台専用〔銀河〕に〔だいせん〕〔かいもん〕〔八甲田〕〔まりも〕などがあり、宗谷本線では夜行〔利尻〕のみならず、昼行の〔宗谷〕〔天北〕も客車で運行、この時期ではもう異例の存在でした。
 また普通列車でも、50系に加えて12系改造車も東北本線や七尾線などで見られたが、民営化より数年後から、地方向け電車・DCに置き換えられて姿を消していきました。短編成のフリークエントサービスに向かなくなった事もあったでしょうか。特に東北地方はロングシートの701系への置き換えだったので、ブーイングも大きくなりました。

食堂車全廃

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 30年前は、東海道・山陽新幹線〔ひかり〕は定期列車のほぼ全列車で食堂車が営業しており、前年デビューの100系の2階建て食堂車が人気を博していました。在来線も、昼行はなくなっていたが、東京〜九州間や、浜田行〔出雲1・4号〕のブルートレインは全列車健在、〔あさかぜ〕〔出雲〕ではリニューアルで利用向上の試みもなされていました。
 後に〔北斗星〕の食堂車「グランシャリオ」が、食事の提供方法(夕食は予約制)などもあって注目され、〔トワイライトエクスプレス〕〔カシオペア〕にも踏襲されました。しかし東海道ブルートレインは列車そのものの需要減もあってまもなく廃止、新幹線も300系〔のぞみ〕では、ついに最初から食堂車が製造されなくなり、阪神大震災で一時運行が分断された事もあって、徐々に縮小していきました。
 ビュッフェも、東海道・山陽に東北・上越各新幹線、加えて一時787系〔つばめ〕に連結されて人気があったが、九州新幹線一部開業を機に廃止。現在、「ナイフ+フォーク」マークの食堂車を連結した定期列車は完全になくなり、「コーヒーカップ」マークのビュッフェも、〔ゆふいんの森〕3往復に残るのみです。
 一方で東日本の「グランクラス」で付帯サービスの中に食事提供、というのもあるが、富裕層向けなのですべての利用者が恩恵を受けられるわけではない。といって昔ながらの食堂車は、ニーズの変化に加えて人材の確保も難しい(ファミレスやファストフードのように、学生や主婦のアルバイトを起用できない)ので復活は望み薄か。せめて〔のぞみ〕〔みずほ〕〔はやぶさ〕位、バーコーナー程度のフリースペースがあったら、とは思うのだが。いつ来るか解らない車内販売より良いのではと、私は思っています。

「ジョイフルトレイン」縮小・「クルーズ列車」「観光列車」デビュー
 国鉄時代末期には、ブルーリボン賞も受賞した「サロンエクスプレス東京」に始まり、「サロンカーなにわ」「ユーロライナー」など、特に客車を改造した団体向けの列車が相次いでデビューし、そのままJR各社に受け継がれました。JRになってからも引き続き改造が進められたが、旅客の嗜好の変化とか、老朽化とか、客車列車の運行体制の縮小とかもあってか、少しずつ姿を消していきました。現在も「宴」などがあるが、皆電車・DCです。
 一方で「ななつ星 in 九州」を皮切りに、「TRAINSUITE 四季島」「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」と、超豪華なクルーズ列車が相次ぎデビュー。コース単位の販売で、費用が6〜7桁とバカ高くなり、正直一般には手を出しにくいのではないか。この他観光地を抱える路線を中心に、新造あるいは在来車両を大改造した観光列車も相次いで出現しています。特に九州が積極的で、「D&S列車」と総称しています。地産地消の食事を提供するのがトレンドか。

東京・大阪圏直通ネットワーク拡大
 東京の湘南新宿ライン・上野東京ラインが代表的だが、「アーバンネットワーク」と称されるようになった大阪圏でも、JR東西線開業や尼崎駅大改良、北陸本線直流化などで、特に快速系を中心に運行が広域化するようになりました。新快速は福井県から、岡山県との県境の近くまで300q近く走る列車も設定されています。天王寺駅改良で、阪和線から大阪環状線への直通運転も始まっています。今後もおおさか東線全通などでまた変わってくるでしょう。東京は相鉄直通線開業が新たな直通ネットワークを作りそうです。

空港アクセス相次ぎ開業
〔成田エクスプレス〕〔はるか〕が代表的だが、北海道の新千歳空港、九州の宮崎空港への路線の新設もあり、特急の直通も設定されました(新千歳は中止)。東日本は東京モノレールを買収、羽田空港アクセスにも参入、ともいえます。仙台空港へは、仙台空港鉄道との相互乗り入れを実施。

ローカル列車削減

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 一方でローカル列車は、民営化直後は全体的に増発傾向にあったが、21世紀を迎えるあたりから、路線によっては減少傾向もみられるようになりました。
 昨今は北海道に目が行くが、実は中国山地を走る西日本の路線が典型的で、例えば福塩線非電化区間(府中〜塩町間)は、30年前には13.5往復(区間運転含む)あったものが、現在は6往復と半分以下です。
 都市部ではなお増発が行われている路線もあり、全体的には、「選択と集中」でしょうかねえ。

ワンマン運転導入・拡大

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 民営化の翌年より南武線(浜川崎支線)・大湊線を皮切りに、ダイヤ改正の度にワンマン運転区間が拡大していきました。運賃収受の形態を初め、その形態は様々ではあるが。
 最初は短区間の支線からだったが、やがて比較的長距離の列車にまで拡大、一時はJR在来線の全営業キロの半分以上で、何らかの形で旅客列車のワンマン列車が走るようになりました(整備新幹線並行在来線の第3セクター鉄道移管もあったから、現状は解らない)。今年の改正では、ついに電車特急までワンマン運転が行われる事となりました。さすがに行き過ぎの感が否めない。
 駅でも自動化が進み、特に自動改札機は、大都市圏ではもはや当たり前になりました。磁気カード・ICカードの普及も自動改札機あればこそ。券売機の多機能化も進んでいます。その陰で駅員の削減があり、無人化はもちろん、駅員がいても時間限定の所が少なくなくなりました。

新技術の車両開発
 小海線にデビューしたキハE200形は、世界初のハイブリッドシステムの鉄道車両となりました。今の所は東日本が積極的で、信越・東北地域のリゾート列車や、仙石東北ラインにも導入されています。北海道も開発が行われているとされています(経営危機で開発の断念が懸念されるが、今の所中止などとは聞いていない)。
 烏山線には、蓄電池式電車EV−E301系がデビューしました。蓄電池による電力で非電化区間を走行するもので、今改正で全列車を置き換えるまでになりました。筑豊本線には交流向けのBEC819系が導入され、男鹿線にも導入されています。今後、JR他社でも在来のDC車両の置き換えで普及する事が予想されます。

路線愛称の普及
「アーバンネットワーク」が始まりと思われ、国鉄時代の「東海道本線」「山陽本線」「山陰本線」「関西本線」などに変えて、「JR琵琶湖線」「JR京都線」「JR神戸線」「嵯峨野線」「大和路線」などの愛称を積極的に使うようになりました。正式の名称の区間と、(前述のように)拡大する運行形態がマッチしなくなった事もあるでしょうか。やや疑問と思える愛称もあるが。
 東日本でも「東北本線」に変えて「宇都宮線」と呼称する例があります。この他観光路線を中心に愛称を制定する例があるが、使用の程度にはかなり差があります。

周遊券廃止

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 30年前は広範囲のJR路線網をカバーする「ワイド周遊券」、特定の地域を対象とした「ミニ周遊券」、人気の観光ルートをセットした「ルート周遊券」、全国各地に設定された周遊指定地を、JR線の他に私鉄やバスと組み合わせて作成する「一般周遊券」がありました。まず「ルート周遊券」がなくなり、他の周遊券も相次いで廃止。代わって「周遊きっぷ」も設定されたが、短期間で終わりました。
 観光の形態が変わってきた上、観光地への足が高速バスや航空(特にLCC)の普及で多様化し、原則JR利用に特化する周遊券・周遊きっぷは、利用者のニーズに合わなくなってきたと思われます。現在はJR各社が様々なフリーきっぷなどを発売しているが、大半は発売個所や期間、利用できる期間が限定的です。バスでは広範囲を乗り放題になる切符(「SUN−Q PASS」など)の例もあり、JR鉄道線でも今一度、いつでも買えていつでも広範囲に乗れる、新タイプの「周遊券」が考えられても良いのでは?高速バスへの対抗策として、あるいはローカル線の利用促進という点でも。

JRバス分社 高速バス拡張・一般バス縮小

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 本州の3社の分社(東日本→JRバス関東・JRバス東北、東海→JR東海バス、西日本→西日本JRバス・中国JRバス)は既定路線だったが、後に北海道・四国・九州の三島会社もすべて分社になりました。
(東日本は気仙沼線・大船渡線BRTで再参入するが、特殊なケース。基本的に鉄道の規則が適用される)
 民営化の頃は高速バスブームの最中でもあり、民営化初日開業の東京〜つくば線を皮切りに、相次いで高速バス路線に乗り出していきました。中央高速バスなどで既存の民営事業者との軋轢も見られたが、現在ではほとんどの路線で、他事業者との良好な関係が築けているようです。
 一方、一般路線は、元々鉄道の補完的な性格を持つ路線がほとんどで、大半はローカル路線だったため、急速に撤退が進みました。エリアが丸々廃止になった所が少なくなく、特にJR東海バスは一般路線が全てなくなり、JR四国バスも現存するのは2路線のみ。市営バスを引き継いで札幌市内路線を拡充したJHBの例もあるが、例外的です。長距離路線では指定券や急行券を必要とする便もあったが、現在は全てなくなっています。
 営業規則も大きく変わり、JRバスを間に挟むと前後のJR線の営業キロを通算する、などのルールは廃止、他の在来の民営・公営バスと同等になったと言えます。他事業者と共通のICカードや磁気カードを導入した所もあります。

大型駅ビル相次ぎ開業
 一番有名なのは京都駅でしょうか。百貨店に加えて劇場なども入り、一大アミューズメント施設のようです。ただ、土地柄景観が問題になったりしたが。この他にも高架化などの再開発や、新幹線の延伸を機に大規模駅ビルを建築する駅がいくつか見られました。現在は横浜駅(西口)が工事中。
「エキナカ」ビジネスが盛んになったが、一部では地元商店街との軋轢もありました。異常事態発生時の旅客の滞留なども考慮すると、「エキナカ」もホドホドにした方が良いかと思うのだが。

女性職員大挙登用
 JRグループで最初に女性の運転士が登用されたのはいつだったっけ?多分JR貨物だったと思うが。この十年くらいで、駅のみならず、乗務員でも女性が大幅に増えました。先日米原→大垣で乗車したJR東海の電車のように、運転士・車掌共に女性、という列車も、もう珍しくないでしょう。
 あとは、未だに女性職員が「アイドル」視されている面がまだあると思うので(でもJRには「鉄道むすめ」って、いなかったよね?)、この意識が払拭される事。希望するなら長く働ける環境を整備する事。ましてセクハラなんて論外中の論外(現に大分前に西日本で事件が起こっている)。

 この他にも様々あるはずだが、とても全部は書ききれません。
 地域による分割を行ったので当たり前ではあるが、特急ネットワークだけでなく、各JR会社の経営の在り方が、どこか内向きになりつつあるような気がします。
(あえて言えば、東海を挟んで、東日本・北海道と、西日本・四国・九州の3ブロック化しているようにも感じる)
 新幹線と在来線で会社が違う所(東京〜熱海間など)の「対立」とかいう事も、JRスタート時点では聞きました。現在どの位あるのかは解らないが。北海道に見られるように、JR各社の格差もここへきてクローズアップされているが、それは民営化前から既に反対論者を中心に指摘されていた事が現実になっているだけの話。ただ、もう少しJR旅客6社が、もっと深い面で協調関係を再構築しても良いのではないでしょうか。以前も書いたが、東海のICカードの利用範囲の制限も、技術面の問題ではないはずなので、東日本や西日本とよく話し合って、旅客に不便をかけないような施策を施して欲しいと思います。

 この数年各地のJR線をチョコチョコ乗り歩いた感触として、もう少し基本的な面で設備投資をやるべきなのではないか?大都市は駅のホームの混雑が慢性的に激しい所も少なくなく(転落事故が起こる原因にもなっているのではないか)、改札口や連絡通路も、終日混雑する所が少なくない。また線路も電化や複線化が、もっと積極的に行われても良いと思う場所も、いくつか見られました。民営会社となった以上採算度外視は許されず、ある程度もうけが見込める所に投資を優先するのもやむを得ない事ではあるが、本業の「鉄道」が忘れられているのではないか?と思う場面も多々あると感じます。どんなに副業で設けても、本業がついてこなかったら、鉄道事業者として社会の信頼を得られないと思います。それは国鉄時代の痛い教訓の一つのはずなので。北海道はやや辛い状況だけれど、全体的には、国鉄時代よりその点はもっと柔軟にやれるはずです。東海なんてリニア新幹線を全線自前で造れるのだから。
 ハード・ソフト共、もっと基礎の部分から各鉄道路線のレベルアップを図って欲しい、そして可能な範囲だけでもJR旅客6社(場合によっては貨物も加えて7社)が助けあう環境を作って欲しい、これが次の40周年、50周年に向けたJR各社への希望です。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 この節目の日、JR常磐線の浪江〜小高間が運行を再開しました。この区間は原発事故の影響なのでやや特殊ともいえるが、2度の大震災や熊本地震などもあるけれど、大規模な災害で長期間の不通が相次いで起こるようになった事も、JRになってからの30年で顕著になった出来事ではないでしょうか。

《今日のニュースから》
31日 韓国朴槿恵前大統領 収賄容疑で逮捕
 1日 センバツ 大阪勢同士決勝 大阪桐蔭高校5年ぶり2度目の優勝

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