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zoom RSS 1715 盛岡〜青森 ダイヤ変遷<前>

<<   作成日時 : 2017/07/18 22:00   >>

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 一昨年・去年・今年と3年連続して、東北新幹線延伸までJR東北本線だった、IGRいわて銀河鉄道及び青い森鉄道の盛岡〜青森間の各駅を訪ね歩きました。それは当ブログでも書きました。IGRは盛岡近郊の5駅を残しているが、なるべく早い時期に訪ねたいと考えています。

 先月、東北新幹線・大宮〜盛岡間が暫定開業して35年となり、12月には盛岡〜八戸間延伸開業から15周年を迎えます。この東北新幹線の開業・延伸は、当然の如く並行在来線である東北本線にも多大な影響を与えました。新幹線開業で大きく変わるのは他の並行在来線でも同じなのだが、特にこの盛岡〜青森間はそれ以外にも国鉄→JR東日本→IGR・青い森と営業形態の転換が繰り返された事、盛岡から先の新幹線延伸が二段階になった事や、なにより青函トンネル開業・青函連絡船廃止で、特に特急列車の運行形態が大幅に変わった事(新幹線開業前は皆長距離だったし)で、他の並行在来線以上に変化が劇的になったように感じられます。普通列車の車両の転換(客車・DC→電車)も大きいでしょう。

 今回と次回は、新幹線開業前夜から現在までのダイヤの変化を取り上げます。手持ちの交通公社・JTB時刻表から、同区間の時刻表を書き起こしてみました。本当は全てのダイヤ改正について記すべきだろうが、さすがにしんどいので、その中から7つのダイヤを記してみました。なのでその中間の変化は記せないから、単純にそのダイヤの研究に留まる部分が多くなっているのはご了承ください。

 今回は東北新幹線開業前から、八戸延伸の直前まで、第3セクター転換前までを取り上げます。なお、季節列車や後の〔カシオペア〕〔リゾートあすなろ〕など毎日運転でない列車は敢えて除外し、定期列車のみ(一部土曜日や休日運休の列車あり)のみ記しています。

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1982(S57)年4月1日現在

 手持ちの時刻表で一番古い、「国鉄監修 交通公社の時刻表 1982年4月号」から書き起こしました。
 東北新幹線開業直前とあり、東北特急が最後の輝きを放って見せた頃でした。無論、青函連絡船も健在です。
 今の二戸は、当時は北福岡と名乗っていました。沼宮内は現いわて沼宮内、奥中山は現奥中山高原、金田一は現金田一温泉、浅虫は現浅虫温泉です。

 今の目で見たら何もかもが全く違っていて、ある意味すっごくうらやましい?(あくまで趣味的な目線で、だが)ダイヤです。上野〜青森間は特急〔はつかり〕が6往復+〔みちのく〕1往復、583系13連または485系12連でガンガン行き交っていました。しかも全列車食堂車営業。夜行も〔ゆうづる〕が定期だけで4往復+〔はくつる〕1往復が設定、夜間・早朝の青森駅は最大で3分程度の間隔で特急が発着、青函連絡船との乗換客で賑わいました。

 当時は急行も多数あり、上野〜青森間も夜行の〔十和田〕2往復+〔八甲田〕があって、〔十和田3・4号〕1往復は寝台車もありました(20系で、普通車はA寝台格下げ)。昼行も〔はつかり〕を補完する仙台〜青森間の電車急行〔くりこま〕が2往復、ローカル線直通のDC急行も相当するありました。東北特有の複雑な運行形態の列車も少なくなく、〔よねしろ〕1往復は宮古〜(山田線)〜盛岡〜(花輪線)〜大館〜(奥羽本線)〜秋田のルートをたどっていました。盛岡〜青森間〔しもきた〕は奥羽本線に直通するが、まだおとなしい方か?

 一方普通列車は盛岡近郊や八戸の前後を除くとかなり少ない(青森近郊も少ない)。盛岡〜八戸〜青森間通しは皆客車で、仙台発着の列車も相当数あり、233列車に至っては常磐線の原ノ町始発です。原ノ町から青森まで約11時間。日本全国にはもっと長距離の列車もあるが(下関発福知山行827列車も健在だった)、東北ではこの列車が最長でしょう。この年の3月に「青春18きっぷ」の前身「青春18のびのびきっぷ」の発売が始まっています。このきっぷを片手に長距離鈍行を乗り通したオールドファンも、少なくはなかったと思います。
 一部に特急なみの列車番号が見られるが、当時運行があった荷物列車に併結されていた列車です。上り1042列車は旅客列車としては盛岡までだが、荷物列車としてはこの先急行となり、東海道本線に直通して、名古屋に翌日!の20時09分到着。44列車は終点が一戸とハンパだが、この先単独の荷物列車となって隅田川まで行きます。
 区間運転はDCが中心。変わり種は盛岡7時11分発539列車に連結される、花輪線の927D。好摩まで客車列車に併結され、その先単独運転になります。

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1987(S62)年4月1日現在

 東北新幹線・大宮〜盛岡間は1982(S57)年6月23日に暫定開業(東京都内は反対運動が強力で、工事が大幅に遅れていた)、その後本開業、上野乗り入れを経た後、1987(S62)年の国鉄分割・民営化→JR東日本スタートを迎える事になります。そのJRスタートの4月1日時点での時刻です。先日発売された、「復刻版 交通公社の時刻表 1987年4月号」から書き起こしました。
 その前年の、「国鉄最後のダイヤ改正」と言われる1986(S61)年11月1日改正の時刻で、同時に青森市内の野内〜東青森間(6.5qもあった)に矢田前・小柳両駅が開業していました。

 東北特急は、昼行は新幹線暫定開業時点ではまだ相当数残っていたが、本開業でバッサリたたき切られました。〔はつかり〕は盛岡〜青森間の新幹線接続列車に役割を変えています。編成も短縮され、食堂車はもちろん、半分以上はグリーン車も非連結でした。
 夜行は定期で〔ゆうづる〕2往復+〔はくつる〕1往復が残っていました。〔ゆうづる4・5号〕には後の〔北斗星〕を先取りして、2人用A寝台個室(後の「ツインDX」だが当時は名称がなかった)が連結されています。

 急行は夜行の〔八甲田〕1往復のみと大幅に整理されました。以前は北海道連絡が主な役割だったと思われるが(上りは0時を過ぎてからの出発だったし)、〔十和田3・4号〕のルートを変更する形で時刻が大幅に変わり、東北の旅客の利用がメインになった感があります(普通車のみになった)。

 普通列車は新駅開業も踏まえて、浅虫温泉〜青森間の区間運転が新規設定されています。一方で盛岡をスルーする長距離列車はなくなりました。仙台〜一ノ関間で電車化が進み、一ノ関と盛岡で運転系統が分断された格好になっています(例外も若干あるが)。
 花輪線直通は、岩手松尾折返し3往復が増えています。急行〔よねしろ〕が廃止になっていて、代わりに快速〔八幡平〕1往復が設定されています。

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1988(S63)年8月26日現在
 この年の3月13日、ついに青函トンネルが開通、一方で青函連絡船が同じ日をもって廃止となりました。
 この事は東北本線の、特に特急列車に大きな影響を与える事になります。〔はつかり〕はリレーの相手が、船から快速〔海峡〕に変わり、一部は自ら函館へ乗り入れて行きます。夜行では新たなスター〔北斗星〕がデビュー、ブルートレインが再び輝きを放とうとしていました。
 トンネル開通当時の時刻表は購入していないので、開通後では一番新しい「交通公社の時刻表 1988年9月号」から書き起こしています。

 この区間ではあまり関係なくなるが、〔北斗星〕は最初は定期2往復でスタート(+臨時1往復)。青森発着は〔はくつる〕〔ゆうづる〕各1往復に落ち着きました。どちらも583系。
 急行は〔八甲田〕が引き続き設定。
 大湊線直通快速は〔なつどまり〕→〔うそり〕と改称し、2往復に増発。八戸〔なつどまり〕は〔うみねこ〕に改称しています。
 普通列車は、盛岡からの沼宮内行最終が、平日のみ繰り下げられています。
 花輪線岩手松尾は、松尾八幡平に改称、1往復増発され、盛岡口は〔八幡平〕含め13.5往復まで増発されています。

 ここまで普通列車は、支線から直通の一部DC列車を除いて、相変わらず客車列車が中心。50系を中心に、電源方式を50系並みに改造した12系が、ED75に牽引されて運行されていました。

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1996(H8)年3月30日改正
「JTB時刻表 1996年4月号」より書き起こし。その普通列車も、秋田エリアに続いて盛岡・青森エリアに701系を投入した事で、客車列車が一気に電車化される事となりました。突然のロングシート車導入なので、ブーイングも起こる事となるが。
 特急待ち合わせもあるから列車によってバラツキはあるが、盛岡〜八戸間の最速は客車時代2時間強→電車になって1時間40分台、八戸〜青森間は1時間50分台→1時間30分台と全体的に短縮されています。
 単に運用の都合だろうが、盛岡をスルーする列車は逆に増えました。1543Mは一ノ関→青森間の、岩手・青森県ほぼ全区間を縦断します。所要5時間42分。八戸〜青森間は引き続き、DCが2往復残っています。
 花輪線は快速〔八幡平〕が2往復になっているが、松尾八幡平折返しが2往復減。

 青森発着の寝台特急はついに〔ゆうづる〕がなくなって〔はくつる〕1往復のみ。24系客車に置き換えられています。
〔はつかり〕は停車駅が整理され、新幹線開業後の区間短縮時に一部が停車していた好摩・沼宮内・金田一温泉・剣吉・陸奥市川・上北町・乙供が全列車通過になりました。
 急行は〔八甲田〕がなくなっていて、全滅。

 今回は国鉄・JR東日本時代の時刻の変遷について記しました。
 東北新幹線は開業から20年で八戸に延伸して青森県に到達、さらに8年後に新青森まで延伸して全通しました。
 これに伴って、並行在来線は第3セクター鉄道に移管される事になります。次回は第3セクター移管後のダイヤについて取り上げます。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 2年前の調布の小型機墜落事故について、事故調査委員会は今日、報告書を公表しました。機体の重さが最大離陸重量を58sオーバーしていた事と、離陸時のスピードが足りなかった事が原因とされています(エンジンに不具合があったかどうかは解らなかった)。重量オーバーが原因と思われる事故が5年間に2度起きていた事から、国土交通省に対し、@最大離陸重量・重心位置限界の遵守に加え、性能上の要件を確認する事の重要性を、機会ある毎に理解させる事、またセルフブリーフィングを行なうよう、自家用機の操縦士への指導を強化する事 A滑走路長の最大限の活用のため、取り付け誘導路の滑走路への接続等を取りまとめて、空港の設置・管理者に周知させる事 の2点を勧告しています。

《今日のニュースから》
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17日 「リカちゃん人形」50周年 浦安市で記念パーティー
18日 東京臨海部埋立地帰属問題 江東区・大田区が調停申請

 今日は日暮里の方でひょうが嵐の如く吹き荒れたとか。藤沢は雷雨が凄まじく、今月になって、日本列島の天気は間違いなく狂っている。

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