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zoom RSS 1849 「花」を求めて北陸路 3.北陸鉄道と七尾線

<<   作成日時 : 2018/05/17 22:00   >>

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 北陸鉄道の石川線は5年前にも短区間乗っているが、この2年後の2015(H27)年3月14日(北陸新幹線開業と同じ日)、四十万〜曽谷間に新駅の陽羽里(ひばり)駅が開業しました。まず、この駅を訪ねます。
 天気予報は良くないが…。

 4月17日(火)

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 西日本ジェイアールバスは1988(S63)年4月1日、JR西日本から、近畿より東の路線を受け継ぐ形で分社化されました。この1日に30周年を迎え、回送の表示にメッセージが併記されています。でもちょっと見辛いかな?
 金沢の路線はPiTaPaを導入していて、全国相互利用の交通系ICカードで乗れます。でも、なぜICOCAではなかったのだろう?

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 高架ホームから、北陸本線の小松行で西金沢へ。右は七尾線の415系。

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 西金沢駅。橋上駅舎だが、手前を北陸新幹線(現在は白山基地への出入り)の高架橋が遮っている。

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 北陸鉄道の新西金沢駅のたたずまいは変わらない。

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 8時28分発の鶴来行に乗車。元東急の7000系。北陸に来てもう28年になり、キャリアの半分以上をここで過ごしている。
 5年前に乗車したときは、元京王井の頭線3000系の7700形を撮りたかったが、適わなかった。今日も撮れるなら撮りたかったが、額住宅前で行き違った野街行も7000形で、今の石川線の日中は2運用だけだから、今日も撮れそうにない。石川線も減便傾向で、23年前に乗ったときは39往復あったのが(約半数は準急だった)、現在は30往復に留まっています。

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 陽羽里駅。ホームに待合室があるだけの無人駅。
 行きは一つの手前の四十万駅で降りて、歩いてみました。600mしか離れていないが、金沢市にある四十万駅に対して、陽羽里駅は白山市になり、交通広場には白山市営のコミュニティバスが乗り入れます。加賀白山バス運行のポンチョでした。

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 駅名標。曽谷駅とも500mしか離れていなくて、直線上にあるので、両方の駅のホームを見る事ができます。
 ではなぜ新駅、という事になるが、駅付近はコンビニなど商店の類はないが、新しい住宅がいくつか建てられているのが見えて、住宅地のアクセスとして期待されているように見えました。この住宅の住人が、恒常的に電車を利用してくれるようになると良いのだが。

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 鶴来からの電車が来ました。これで新西金沢まで戻ります。

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 額住宅で行き違う鶴来行は、行先表示が変わっている。なんだ?

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 石川線では「恋のしらやまさん」というキャンペーンが行われています。電車に乗って白山の神社や、鶴来の町を巡ろうというもの、らしい。列車限定で、「しらやまさん」の行先表示を出しています。
 新西金沢から西金沢を経て、金沢へ戻りました。

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 金沢の高架駅の1F、JRの窓口に並び、独立したIRいしかわ鉄道の窓口もあります。グッズ類も発売。

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 その中から、定番のクリアファイル。

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 金沢は曇りがちだったので、今度は浅野川線に乗る事にします。「時間つぶし」みたいなものかな」?10時36分発の内灘行。

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 内灘駅の構内。浅野川線は元京王井の頭線3000系に統一されているが、左は車体サイズが小さく、片開きドアの初期型から改造された8800系、右が大型化され、両開きドアとなった後期型から改造された、8900系。
 この日は、2編成ある8800系は運用されていなかった。

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 内灘駅。駅前には北陸鉄道の他、内灘町のコミュニティバス(日本海タクシー運行)が入ります。

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 車内には、ワンマン列車の利用方を英語で書いた案内が掲げられていました。観光路線でもないし、どの程度読む人がいるものだろうか(石川線と共用であるが)。

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 運賃表。これを見ると、浅野川線は純粋な対キロではなく、金沢から短距離は低めに抑えた設定になっています。

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 北鉄金沢駅に戻ってきました。地下ホーム。

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 北鉄金沢駅。

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 金沢駅前の「鼓門」は、記念撮影する人が多い。ほとんどがインバウンドと見えました。

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 JR駅構内で展示されている、C58 140の動輪。

 昼頃は、上空は青空が広がりました。バスターミナルで少しばかしバスを撮影。
 七尾線で七尾へ移動します。

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 12時29分発845Mは、413系3連。

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 昼飯は、やはり駅弁。笹寿司。

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 津幡でIRと分かれ、七尾線へ。すぐに交直セクションに進入。一旦室内灯が消灯すると、アナウンスがあります。

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 運転士が、交直を切り替え。

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 惰性で交直切り替え地点を通過。

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 交直の切り替えセクションの標識。これで直流への切り替え完了。

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 横山でしばし停車。〔花嫁のれん2号〕待避、のはずだが、この日は運転日ではありませんでした。ホーム脇の桜がまだ咲いていた。

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 免田で848Mと交換。向こうも413系。
 腹一杯になって、しばらく居眠りしていました。

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 気づけば羽咋も過ぎて、もう良川。〔能登かがり火6号〕待合わせ。

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 七尾到着。右は14時02分発852Mで、415系。そろそろ七尾線も、新車が欲しい。

 一息ついて、あの人気アニメの聖地へ向かう事になるが、次回。

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 一昨日書くべきだったが、近鉄は15日、フリーゲージトレインの開発に乗り出すと発表しました。6月後半の役員異動時に、総合研究所に担当役員を就任させるという事。それ以降の具体的な行程は一切記されていないが、京都〜吉野間の直通特急を想定しているようです。新幹線ほどは条件は厳しくはならないだろうが、実現はいつになるでしょうか。

《今日のニュースから》
16日 十勝沖地震から50年 青森県南部町で追悼式
17日 東芝 半導体子会社 中国が承認

 十勝沖地震では、八戸(当時は尻内)から延びていた南部鉄道も大きな損害を受け、廃線に追い込まれる事になってしまいました。以降はバス専業の南部バス(→岩手県北自動車南部支社)として存続していく事になります。
 西城秀樹さんがお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りするが、この所様々な分野で、トップランナーの方々が相次いで他界されて、悲しいです。

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