№698 25年前の「西武鉄道時刻表」

 2回に渡って、西武池袋線飯能駅の時刻表から、池袋線のダイヤの変遷を簡単ですが振り返ってみました。
 今回はちょうど四半世紀前の西武鉄道の時刻表について書いてみたいと思います。

 手持ちの西武鉄道の時刻表で一番古いのは、№696でも書いた通り、1987(S62)年3月9日改正の時刻を掲載した第6号になります。
 B5版で約460頁、消費税導入前で500円でした。
 表紙は西武ゆうえんちをバックに、遊園地西駅に停車中の山口線「レオライナー」8500系。
  
 なお、この改正の時点では新宿線の航空公園駅は開業していなかったのですが(5月28日開業)、時刻表には既に反映されており、巻頭の折り畳み式の路線図にも記載されていた他、
「5月下旬開業予定の航空公園駅を含めて掲載しておりますので、ご利用の際はご注意ください」
旨の注意書きが封じ込まれていました。
 
 鉄道の路線は、西武有楽町線がまだ新桜台~練馬が工事中。
 航空公園のほか、池袋線の練馬高野台駅も未開業でした。
 また多摩川線の多磨は「多磨墓地前」、白糸台は「北多磨」と呼称していました。
 裏面は西武バスの路線図ですが、後で時刻表の所でも触れますけれど、これを見ると、西武バスも今は相当路線が減っているんだなあと思います。
 特に埼玉県南西部を中心とした多摩地域が顕著で、かつては青梅駅(~日向和田車庫なんてあった)や、東上線の坂戸駅にも乗り入れがありましたし、鶴瀬駅を経由する路線もありました。
 メインのエリアは山手線・中央本線・青梅線・川越線・八高線・東武東上線に囲まれた、西武新宿・池袋線の沿線。
 加えて今はさいたま市となった浦和・与野・大宮市。

◆ カラーページ
沿線レジャーマップ」は西武の路線図に、観光・行楽スポットの楽しそうなイラストがちりばめられています。
 当時の西武の傾向として、グループ自らが開発・運営している所が中心になっています。
西武鉄道沿線レジャー案内」も、駅から行ける行楽スポットが詳細に記され、奥武蔵・奥秩父のハイキングコースも多数紹介されています。
 ただ、やっぱりグループ企業優先かなあとも見えます。

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 当時の西武のスターはもちろん「レッドアロー」5000系で、営業案内の他に、車両の性能も詳しく記されています。
 当時はやはり観光メインで、ビールや弁当などを販売する車内販売サービスの案内もあります。
 6連中禁煙車が1号車の1両のみというのも時代か。
 他に山口線の8500系と、大井川鉄道に売却されたE31形が「車両シリーズ11・12」として紹介されています。
 後は各線各種別の停車駅の案内と、レッドアローを初めとする観光用の時刻表。

 それと西武の時刻表では、長い間記念乗車券の発行目録を掲載していました。
 第6号では「山口線のさよならおとぎ列車」と「1986年ライオンズ日本シリーズ優勝」が解説されています。

「禁煙車」と言えば、カラーページの広告に「Salem」と「LUCKY STRIKE」があるのが時代か。
 注意書きも
「未成年者の喫煙は禁じられています」
と小さく書かれているだけで、今と比べるとなんとぬるい事か。
 
◆ 西武線時刻表
 25年も経てば西武線内自体のダイヤの形態もまるっきり違うし、池袋線では複々線化に営団地下鉄や秩父鉄道への直通運転、新宿線では本格的な特急の運転が行われるようになっていますから比較はかなり難しいのですが、当時のダイヤがどうだったかという部分を、簡単に振り返ってみたいと思います。
 参考資料として、この時刻表から作成した、1987年3月9日現在の池袋線池袋駅、新宿線西武新宿駅の時刻表を掲げておきます。
 当時は、土曜日は平日の時刻表で運行されていました。
 平日は白、休日は赤の用紙を使用。
 特徴的だったのは、池袋線・新宿線・拝島線では、下りは「行先」を記していたのに対し、上りは「始発」を印していた事。
 当時はほとんどの列車が池袋または西武新宿行だったからでしょうか。
 なお西武のダイヤを語る上で、西武球場への観客輸送ダイヤをはずす訳には行きませんが、バスも含めて後で触れます。

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池袋線
 前提として、当時の池袋線はもちろん複々線化は全く行われていなかったし、退避駅も少なかった。
 池袋に一番近い退避駅は当時は江古田だったが、次に上下同時に退避を行えるのはひばりヶ丘までありませんでした。
 石神井公園は上下共用で主に下りの退避に使用、このため上りの、特に朝ラッシュ時のダイヤの策定には相当影響が出たのだろうと思われます。
 上りラッシュ時には種別によって停車駅を振り分ける「千鳥ダイヤ」を採用、西武のダイヤの特徴として評価もされましたが、線路容量の不足から来る苦肉の策でもあった、とも言えます。
(なお「千鳥ダイヤ」の申し子とも言える、所沢発池袋行で途中大泉学園のみ停車の「通勤快速」の設定は1988(S63)年)

 それから、練馬が基本的に普通電車しか停車していなかったというのも、今からすると信じがたいかも。
 普通電車以外では、平日朝ラッシュ時上りの準急、休日に不定期で設定されていた池袋~西武球場前の快速だけでした。
 入間市も、特急、快速急行が共に通過。
 快速急行は小手指も通過でした。
 西武有楽町線は新桜台~小竹向原で孤立した期間が長く、この当時は日中は1時間4本のみの運転でした。
(有楽町線はまだ新富町までだった)

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新宿線
 特急も快速急行(定期)も拝島快速もないのでシンプルそのもの。
 ラッシュ時の上りは池袋線ほど複雑ではないものの、本川越発の急行は鷺ノ宮を、拝島・西武遊園地発の急行は上石神井を通過し、都心への通勤客の分散を図っていました。
(後に前者は通勤急行・後者は快速と分離)
 休日のみ西武新宿~西武秩父の特急レッドアロー<おくちちぶ>を運転。
 またその出入庫で所沢→西武新宿、西武新宿→本川越の<むさし>もありました。
 他に不定期で西武新宿~西武遊園地の快速急行を設定。
 当時の停車駅は高田馬場・鷺ノ宮・上石神井・田無・小平・萩山でした。
 拝島・西武遊園地行の列車が休日も普通電車で設定されていたのが目を惹きます。
 この他の各支線も日中は皆20分間隔、山口線に至ってはオフシーズンは40分間隔でした。

 西武全体として、当時は20分サイクルでダイヤが組まれていました。
(多摩川線は12分間隔)
 全体的に本数が少ないです。

野球開催日時刻表
(緑の用紙)

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 1979(S54)年にライオンズを買収した西武は、本拠地の西武ライオンズ球場(西武ドーム)を、狭山線の終点・狭山湖駅に隣接して建設、波動輸送に備えて3面6線のターミナル駅を整備、同時に駅名も西武球場前と改めました。
 1985(S60)年にはSL・おとぎ列車から新交通システムに転換した山口線も発着するようになっています。
 西武ではライオンズ戦開催時に臨時列車を設定して観客を輸送していましたが、都心から遠い事、狭山線が単線である事などから、試合の状況や観客の入りなどに対応し、いくつか用意されたパターンの中からその都度最適なダイヤを選択して運行する方法が採られました。
 臨時列車の設定の他、定期列車の延長という形態もあり、新宿線からの直通も多数設定されていました。

 まず、ライオンズ戦の日程があります。
 1987(S62)年は、西武ライオンズ球場ではパ・リーグ62試合の主催試合がありました。

日本ハム・ファイタース 13試合
近鉄バファローズ 13試合
阪急ブレーブス 13試合
ロッテオリオンズ 13試合
南海ホークス 10試合

 南海戦が他4チームより少ないですが、この年のリーグ全日程が解らないから推測ですけれど、3試合は福岡市の平和台球場で主催したのではないかと思われます。
(ライオンズは元は福岡のチームだから)
 こうしてみると、西武以外のパ・リーグ5チームは皆、全く姿を変えました。
 というか近鉄は存在自体なくなったし。
(この他この年はオールスター戦1試合、日本シリーズ読売ジャイアンツ戦3試合を実施)

 バス便は、多摩モノレールの開通がまだだったから、立川駅北口から出発していました。
 途中東大和市駅を経由して所要30分。
 また、大宮駅西口から、内野指定席をセットした「会員バス」も運行されていました。

 肝心の鉄道は、「平日デーゲーム」「平日ナイター」「休日デーゲーム」がそれぞれ行きと帰りを記載していました。
(「平日デーゲーム」はあれ?と思ったのですが、当時は土曜日は平日ダイヤ)
 なお「休日ナイター」も4試合あったのだけれど、「もより駅におたずねください」としていました。

 試合開始前は池袋からの他、新宿線からも直通があり、本川越から来る列車も設定されていました。
 試合開始後は終了前に帰宅の途に就くためのダイヤと、試合終了後のダイヤの2本立てになっていました。
 終了前だと、所沢行準急という列車がありました。
(通過駅は下山口のみ)
 終了後は、設定そのものは多数あり、中には「上石神井行準急」「ひばりヶ丘行」なんていう列車の設定もあるのですが、状況に応じて最大8本の運行としていました。
 参考までに、平日ナイター終了時の帰宅ダイヤを作成してみましたので掲載します。
(グレー地が臨時列車だが、全て運転する訳ではない)

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 帰りに関しては本川越行直通の設定はなく、平日ナイター終了時のみ延長運転の設定があって、球場からの接続を取っていたようです。
 入間市行(平日ナイター 西所沢21:27 → 21:40入間市 小手指行準急2505列車の延長)なんてあったんだ。どの程度運行の実績があったのだろう?
 他に山口線経由で多摩湖線国分寺方面への輸送もあり、準急の設定もありました。

その他
(白のページ)
競輪開催日時刻表
 当時の西武では他に西武園競輪場への観客輸送も盛んで、平日・土休日とも西武新宿~西武園の快速急行が運行されていました。
他社線時刻表
 秩父鉄道は寄居~三峰口のみ掲載。
 西武からの直通はまだで、一方で休日には東上線からの特急(秩父鉄道内は急行)が三峰口・上長瀞まで1往復ずつ乗り入れていました。
 急行<秩父路>は2往復だけ。
 民営化直前の国鉄線は新秋津からの武蔵野線、東飯能からの八高線、拝島からの青梅線・五日市線・八高線のみ掲載。
 八高線はまだ全線非電化ですが、八王子~高麗川に限れば、既に1時間に2本程度の運行がありました。
営業案内
 初乗り運賃は4㎞までで大人90円(現140円)、池袋~飯能は大人330円(現450円)、特急料金は池袋~西武秩父間で大人500円(620円)でした。
 通勤定期運賃は今もそうですが、一般的な対キロではなく、対キロ区間なのが特徴。
 この後主要駅の案内図があり、直通運転がまだだったから、西武秩父駅からお花畑駅への道順も記されています。
「西武鉄道駅の一覧」には住所も記されていますが、西武沿線は市町村合併が進まず、都内の保谷市と田無市が西東京市に合併しただけ。
(他に埼玉県の日高町が日高市に市制施行)
 なおこの一覧には、航空公園駅(埼玉県所沢市並木2-4-1)が既に記載されています。
 最後に「西武グループ観光施設ご案内」がありますが、この後横浜プリンスホテル(この当時は改装で休業となっていた)を初め、数多くの施設が姿を消す事になります。

西武バス時刻表
(黄色のページ)
 まず営業所の電話番号がありますが、当時は青梅〔営〕があった一方、飯能〔営〕は支所でした。
 現在は西武秩父バスの秩父〔営〕、西武高原バスの千ヶ滝〔営〕(軽井沢〔営〕)もあります。
 今でもそうなのですが、西武バスは、比較的東西を結ぶ路線が多い鉄道網の中を南北に貫いて短絡線的な性格を帯びた系統が多く、積極的にアピールしている所があります。
 その一方、特に埼玉県西部地域では結構路線の縮小が目立ちます。
 所沢近辺が意外にそうで、今は松が丘経由西武園駅・西武ゆうえんち行と並木通り団地行のみとなった所沢駅西口は、当時は新所沢駅・狭山ヶ丘駅・箱根ヶ崎駅・三ヶ島農協・西武球場駅行といった行先が出発していました。
 今は東口発着の大宮駅東口行もありましたが、当時は上福岡経由の〔大34〕系統の他、鶴瀬・富士見市役所経由の〔大35〕系統もありました。
 最もこれらは単なる乗客の減少だけでなく、この直後の航空公園駅開業とか、小手指駅付近の道路の整備による再編成による部分もあるのですが、現在はコミュニティバス「ところばす」に移行している区間が少なくありません。
 一方で早稲田大学(所沢キャンパス)や、飯能〔営〕がある美杉台ニュータウンなどはまだありません。
 今は1時間1本程度に落ち込んでいる〔宿20〕系統(新宿駅~池袋駅)は、当時は1時間に3~4本程度はありました。
 大宮駅西口からの路線で「自動車試験場」という行先があってどこだ?と思いましたが、今の二ッ宮のようです。
 別に秩父と軽井沢の路線も掲載されていて、三峰口からの路線は、まだそれなりに本数があったんだけれどなあ。
 他に他社(国際興業・秩父鉄道)や、小鹿野町・皆野町・両神村の町村営バスの時刻もありました。
 なお、1985(S60)年に運行を開始した関越高速バス(池袋~新潟)は、当時はまだ4往復で、まだそれ程目だって記されている訳ではありません。
 池袋~新潟は大人5,000円。

 裏表紙の広告は「フジカラーSUPER HR」。
 当時はデジタルの「デ」の字もなかったですからねぇ。

 相変わらずテキストがあっちへ行ったりこっちへ行ったり取り留めのないものになってしまって、読みにくいものになってしまったと思います。
 西武の場合、この後池袋線の複々線化や地下鉄への直通運転の開始、新宿線では特急や快速急行・拝島急行の設定もあり、特に21世紀に入ってからは、年を追う毎にダイヤの激変が繰り返されています。
 また西武グループ自体、グループ内外で起こった様々な出来事が経営形態をも変える事になり、かつてのグループ企業のレジャー施設へのアクセスという性格が、ここへ来て大きく軌道修正されているようです。
 2007(H19)年には新シンボルマークを設定してイメージチェンジ、30000系の設計コンセプトにも見られるように、営業政策も地域密着に軸足を移しつつあります。 
 次の大きなダイヤの転機は、いよいよ目前にに迫った、東京メトロ副都心線⇔東急東横線との相互直通運転で、池袋線の電車が一気に横浜に姿を見せる事になります。
 当然逆に横浜方面から西武線沿線に入り込む乗客も多くなるでしょう。
 是非横浜・神奈川の人々に、地域に根付いた新生西武の姿を見せて欲しいと思いますし、それを可能にするダイヤを見たいと思います。

 時刻表そのものについては、有料の冊子状の時刻表が引き続き販売されているのはいいですが、駅で配布していた小型時刻表をなくしてしまったのは、やはり行き過ぎではないかなあ。
 皆が皆ネットを閲覧できる環境にある訳ではないのだし、復活させた方が良いと思います。

 申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
 また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。

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《今日見た・聞いた・思った事》
 北朝鮮の「人工衛星」打ち上げが失敗に終わりました。
 これにより、飛行経路に重なるため迂回運航を行っていたマニラ・シンガポール線などの航空便の運航が通常通りになる事が航空会社からも発表になっていますが、ANAは露骨に「ミサイル」と表現していました。
(JALは「ロケット」)
 打ち上げそのものが実行された事でしばらくは国際問題となるでしょうが、それ以上に「失敗」という結果は、北朝鮮国内の方に重大な問題をもたらすかも知れません。
 百歩譲ってこれが本当に純粋な「人工衛星」だったとしても、日本のH-2A等とは打ち上げの意味が全く異なる訳ですから。
 それと例によって日本政府の対応の良し悪しが侃々諤々議論されているようですが、もちろん政府にはしっかりしてもらわなければならないですけれど、一部の野党がこの事態を政府・与党攻撃のチャンスとばかり利用しようとしているのは、いやらしいとしか思えないです。
 一日も早く平和で穏やかな日々が訪れる事を祈るのみです。

 営業開始は明日です。
《今日のニュースから》
東京駅八重洲口に「おかしランド」オープン 報道陣に公開