№1411 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 12.東武伊勢崎線 とうきょうスカイツリー駅(前)

 東武日光・鬼怒川線は、明日の午後全線で運転を再開、明後日より、定期列車についてはほぼ通常通りの運行に戻りそうです。
 しばらくは徐行運転の連続になるだろうが、ともかくシルバーウィークに間に合いそうなのは何よりです。
(臨時列車は、JR直通を除いてほぼ全て取りやめ)
 宇都宮線はまだ当分かかりそう。
 関東鉄道常総線は、守谷~水海道間が明日再開し、取手~水海道間(朝夕は4連が走る)と下妻~下館間で運行。水海道~下妻間と小湊鐵道(月崎~上総中野間)は、復旧まで相当時間がかかりそうな感触です。

 東京スカイツリーが墨田の地にオープンして3年。合わせてオープンしたスカイツリータウンと合わせ、東京の新名所として連日賑わっています。
 隣接する東武伊勢崎線(スカイツリーライン)・とうきょうスカイツリー駅は、スカイツリーオープンまでは業平橋と称していました。1902(M35)年に旧吾妻橋駅として開業、後に浅草と改称し、隅田川を渡って浅草寿町(現浅草)に至る新線が開業するまで伊勢崎線のターミナルとして機能。その後も幾多の変遷を重ねつつ、113年の長い歴史を刻み続けています。
 今回は、業平橋~とうきょうスカイツリー駅の時刻表から、主に現スカイツリーライン区間のダイヤを振り返ってみます。

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 20年位前の業平橋駅。8連分の高架ホーム1面2線があります。
 現在スカイツリータウンとなっている南側の地平には貨物線、本線を挟んで北側に特急車などの整備を行う留置線がありました。
 右手のベージュの建物が、旧東武本社ビル。スカイツリータウン開発に合わせて、北東部に移転しています。


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1986(S61)年10月9日
 手持ちの時刻表で一番古いのがこの時刻表です。野岩鉄道会津鬼怒川線が開業、快速の直通運転が始まった改正でした。
 当時は、土曜日は平日ダイヤで運行されていました。
 東京圏の通勤輸送の主力は、旧営団地下鉄日比谷線との相互直通運転でした。複々線は、当時は北千住~竹ノ塚間のみ。北千住駅の朝ラッシュ時の混雑は社会問題化し、北千住駅の三層化と、複々線の北越谷への延伸工事が進められる事になります。
 当時の業平橋駅は1時間8本の停車があったが、今の目で見ると準急がとても少ないです。日中は約15分間隔のみ。うち伊勢崎行は東武動物公園~太田間も急行運転を行っていました(準急A)。一方で、利根川を渡る羽生~川俣間が単線のままで、羽生から先の各駅停車タイプは1時間に1本だけでした。日光線の南栗橋以北も同じく1時間1本のみ。新越谷はまだ通過でした。
 浅草駅には10連が入れず、8連も4線中1線しか入線できない(しかも2両はドア締切)。従って、ラッシュ時の10連の準急は、業平橋の一つ先の曳舟を終点としていました。
 下り夕方・上り朝方に1本ずつ、通勤快速の設定がありました。正式な種別ではなかったようで、「列車種別と停車駅案内図」には記載がありません。

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1987(H62)年12月1日
 日中の南栗橋行の普通の内、1時間に1本は藤岡・新栃木まで延長して運行されるようになりました。浅草発着で南栗橋以北へ直通する普通が設定されたのは、今回取り上げるダイヤでは唯一です。
 通勤快速準急に変更され、消滅しました。
 他には急行〔りょうもう号〕の増発が行われています。

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1988(S63)年8月8日
 竹ノ塚~北越谷間で進められている連続立体複々線化工事の内、竹ノ塚~草加間が完成しました。竹ノ塚発着の普通の一部が草加まで延長されています。
 準急が約10分間隔に増発されました。南栗橋以北行が1時間に2本となり、南栗橋折返しも設定されています。伊勢崎線では、日中の羽生折返し準急が館林まで延長。浅草発着の普通は1時間2本となりました。
 他には浅草~会津高原間快速急行〔おじか〕、浅草~東武宇都宮間快速急行〔しもつけ〕が設定されています(6050系使用の全車指定席列車)。快速の野岩線内の区間延長も行われました。

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1990(H2)年9月25日
 北千住駅の混雑緩和対策の一環として、ラッシュ時の業平橋折返しを設定する事になり、地平部の貨物線の一部を旅客線に転用して、2面3線のホームを設置しました。
 このホームは京成線・都営浅草線の押上駅に連絡していて、既に特例扱いで行われていた「浅草経由旧営団銀座線経由」に加えて新たな通勤ルートを設定する事で、北千住駅の混雑の緩和を図るものです。
 平日朝方上りの10連準急は全て業平橋行として運行。8連も一部は業平橋行となり、振り替えて6連の普通が浅草へ行く形態になりました。そのため、この時間帯の浅草行はほとんどが普通です。
 平日夕方には業平橋始発列車も設定されています。8連の南栗橋行準急が、まず6本設定されました。グレーで色を付けた時刻です。
 20時台の新鹿沼行準急が、新栃木行に短縮されています。
 この改正で、新特急車100系「スペーシア」がデビューしました。急行〔りょうもう〕快速急行〔しもつけ〕各1往復で、定期券での利用を認める「ビジネスライナー」の制度が始まっています。
 10月には会津鉄道一部電化に伴い、快速の一部が会津鉄道の会津田島まで直通を開始しています。

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1991(H3)年12月9日
 この時期は首都圏各社で最終電車の繰り下げが課題となっていて、東武でも月~金曜日にかけては、運転区間を延長する形で終電繰り下げを行っています。最終電車は北春日部行の準急になりました。準急が通過する駅を終着にしています。
(北千住で、始発の北越谷行普通に連絡)
 この改正の前の7月より、快速急行を格上げした日光線急行〔南会津〕〔ゆのさと〕〔きりふり〕〔しもつけ〕が運行を開始しています。2月にデビューした200系に置き換えられた〔りょうもう〕用の1800系を転用改造した300・350系を運用します。特急は全てスペーシアに統一され、DRCが引退しました。

 1993(H5)年3月24日を持って、業平橋発着の貨物列車が廃止になりました。以降2003(H15)年9月23日まで、久喜~北館林間で運行が続きます。

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1993(H5)年9月21日
 前年に完成した羽生~川俣間の複線化を踏まえたもので、準急の羽生折返しが全て館林まで延伸しました。
 平日夕ラッシュ時の業平橋始発が9本になり、20時台まで設定されています。月~金曜日は23時台に北春日部行準急が1本増発になりました。
 この改正より特急スペーシアで、関東私鉄最速の120㎞運転が始まりました。浅草~東武日光間は最速1時間38分に短縮されています。〔りょうもう〕も増発が行われています。

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1995(H7)年2月16日
 平日の朝方にも業平橋始発列車が設定されました。草加行と南栗橋行の普通列車が各1本ずつ。
 上りの10連の準急2本は曳舟で4両切り離し、6連が浅草直通の形態になりました。8・10連の準急は、土曜日は6連で運転。 

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1997(H9)年3月25日
 北千住駅の大改良(本線と日比谷線の上下分離と増線)と複々線化の越谷延伸により、大きな改正となりました。この改正から、土曜日は休日と統合されています。
 北千住折返し列車の設定により朝ラッシュ時の増発が図られ、草加で折り返していた普通列車は越谷まで延長されました。
 また、日中を中心に区間準急が設定されました。基本的には北千住発着だが、平日の最終電車のみ、準急から変更する形で浅草始発設定されています。
(「列車種別と停車駅案内図には、浅草~北千住間は記載されていない)
 準急は新規に新越谷に停車。
 浅草・押上迂回乗車制度はこの3月一杯を持って廃止、業平橋始発列車も大幅に削減されました(ただし土休日に新規設定)。日中の浅草折返し普通電車も削減されています。
 この他、日光線に板倉東洋大前駅が開業(快速停車駅)。下り特急急行全列車が北千住停車となりました。

 1999(H11)年3月16日改正では、急行〔りょうもう〕は200系への統一が完了し、特急に格上げになりました。所要時間の短縮と、伊勢崎発着列車の設定や浅草~太田間の増発、中間停車駅増が行われています。
 特急スペーシアの一部が春日部に停車。
 業平橋関連の変化は小さいが、下り伊勢崎行準急Aの1本が準急Bとなりました。

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2001(H13)年3月28日
 複々線が北越谷まで到達しました。越谷発着の普通が全て北越谷まで延伸しています。
 この他、特急スペーシア全列車が春日部・新高徳に停車し、新栃木停車は栃木に変更。

 この2年後、東京メトロ(旧営団地下鉄)半蔵門線~東急田園都市線との相互直通運転が始まりました。以降業平橋を巡るダイヤは大きく変化を繰り返し、スカイツリータウンのオープンを迎える事になります。次回です。

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《今日見た・聞いた・思った事》
 北海道新幹線の3月26日(土)開業が、昨日JR北海道・JR東日本から発表になりました。
 まず運行本数13往復とは、新幹線としては大分少ないなあと感じました。1時間に1本あるかどうかという所で、1982(S57)年6月の東北新幹線暫定開業ダイヤと、どっちが多いだろう?とか思った(11往復だった)。在来線(貨物列車)と共用になるからでしょう。
 具体的なダイヤは決定次第お知らせ、としているが、東京~新函館北斗間が最速で4時間を切れるかどうか、がポイントでしょうか?
〔カシオペア〕〔はまなす〕は取り止め(=廃止)と発表されました。〔はまなす〕はせめて、新幹線接続で函館・新函館北斗~札幌間位は運行できないかなあとか思うが。E27系は、どう使われる事になるのでしょうか。
 開業直前の3月22日~25日は、青函トンネル区間は旅客列車が全面運休となる事も発表になりました。従って〔カシオペア〕〔はまなす〕は、遅くとも3月20日出発が最終となるでしょう。
 1月1日は青函トンネル区間に加え、江差線釜谷~木古内間、津軽線蟹田~三厩間も全列車運休が発表になりました。設備切り替え時はどうなるか解らないが、ほぼ同じとなるでしょう。
 道南いさりび鉄道(五稜郭~木古内)も、3月26日開業と発表になりました。こちらも運行や営業の計画、車両デザインなどの今後の発表が注目されます。
 これから色々慌ただしくなるでしょう。JR北海道自体ゴタゴタが収まった訳ではないが、ともかく無事開通を迎えられる事を望みます。

《今日のニュースから》
15日 横綱白鵬休場 横綱昇進後では初
16日 羽田空港発着枠拡大 国道交通省と千葉県など初会合
17日 岡山大学 シリコンバレーのオフィス開設を発表

 今日は成田空港でも発着枠拡大に向けた「四者協議会」が開催されました。新滑走路建設や、運用時間帯の拡大などが話し合われる事になります。「三里塚」の闘争を少しでも見聞きした者としては(今も空港敷地内に名残がある。先日アメリカへ向かう時、機内から未買収地を見かけた)、なんだか様変わりしているなあと感じました。「さくらの山」もそうだし。