№1564 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 16.京急空港線 羽田空港国内線ターミナル駅<前>

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 日本一、そして世界でも有数の大空港、羽田空港。
 平成の世になって沖合移転が本格化、新ターミナル建造、新滑走路新設、そして再国際化と、四半世紀でめまぐるしく様変わりしてきました。
 鉄道アクセスもその一つで、元々の東京モノレールに加え、18年前の1998(H10)年10月、京急空港線がターミナル直下の地下駅まで延伸、空港アクセス鉄道に仲間入りしました。
 今回はその京急線の羽田空港駅、現在の羽田空港国内線ターミナル駅の時刻表から、改めて空港アクセスダイヤを中心に振り返ってみたいと思います。

 まず前史として、現在のターミナル地下駅に入る前の時刻表を2つ、掲げておきます。

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1989(H元)年4月1日現在
 30年位前の空港線は、京急蒲田駅と(旧)羽田空港駅の間で折り返し運転が行われるだけの、都会の中ののんびりした?ローカル線風情でした。500形(湘南窓・4ドア車体の旧型更新車)とか、800形による3両編成だったと思います。穴守稲荷~羽田空港間は単線でした。
 当時の羽田空港駅は現在の天空橋駅よりも手前、海老取川を隔てた羽田5丁目にありました。空港駅とはいっても当時のターミナル(今の国際線ターミナル付近)からはかなり離れた位置で、空港アクセスとしての機能は低いものでした。
 ただ、当時はモノレールはあったものの、首都高速は湾岸線はまだ開通しておらず、羽田線・横羽線も慢性的に渋滞が激しく、空港バスも発達しておらず、遅延も頻繁に起きていました。なので乗り換えの不便はあっても正確な鉄道を選ぶ利用者も少なくなくなってきていて、京急もこれに対応して、駅前広場(狭かった)と当時のターミナルを結ぶ、小型バスによる路線を運行していました。全部の電車に接続はしていなかったと思いますが…。

 この頃には既に延伸工事が始まっており、1991(H3)年1月15日より穴守稲荷~羽田空港間が営業休止となりました。穴守稲荷駅に隣接する京急バス羽田車庫より、代行バスが運行されています。

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1993(H5)年4月1日改正
 現在は天空橋と称している羽田駅までの延伸工事が完成し、本線からの直通運転が始まりました。
 東京モノレールも前年の国内線ターミナル「ビッグバード」(現在の第1ターミナル)移転に合わせてルートを変更しており、羽田駅は既に新ルート上に移転していました。このモノレール駅に接続し、鉄道のみの空港アクセスを確保するものです。京急の羽田駅は、京急自らが管理する駅では初の地下駅でもあります。
 ただし当時の京急蒲田駅の空港線ホームは単線、本線とは品川方で接続するのみなので線路容量は小さく、日中及び休日のみ急行が20分間隔とまだささやかなものでした。京急川崎折り返しを変更したものです。また当時の羽田駅は引き上げ線(当時はクロスが設けられていた)の有効長を6連分しか確保できなかったため、北総線(当時はまだ千葉ニュータウン中央まで)直通なのに、京急・京成(「赤電」中心)・都営(まだ5000形が残っていた)の3者で6連運用を確保して直通運転を行っていました。

 まだまだこれから、という所ではあるが、翌年の改正で品川行急行を増発、8連運転の開始など、改正毎に直通列車の輸送力の増強が図られて、ターミナル新駅の開業を迎えます。

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1998(H10)年11月18日改正
 滑走路の真下を貫く地下新線が開通し、ターミナル直下の羽田空港新駅が開業しました。
(同時に羽田駅はモノレール共々天空橋と改称)
 同時に都営浅草線でも日中は急行運転が始まりました。エアポート快特エアポート特急の2種類を設定、エアポート快特は京成線内も特急運転で成田空港まで直通。京急も600形が成田空港直通運用に入ります。品川までは15分。
 日中の北総線(当時は印西牧の原まで)直通は特急で運転。しかし京急蒲田の配線が変わっていないので、エアポート快特が干渉する時間は京急川崎の発着でした。
 これらを合わせてダイヤが全体的に80分サイクルと変則的、やや解りにくい感はありました。

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1999(H11)年7月31日改正
 結局エアポート特急は1年足らずでエアポート快特に一本化される事になりました。日中の京急川崎発着の特急が羽田空港発着となり、ほぼ20分間隔で運行、全体では40分サイクルでダイヤが回る事になります。

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2000(H12)年7月22日改正
 0時ちょうど発の品川行最終電車が設定されました。平日は特急、土休日は快特での運転で、どちらも普通電車への接続は全くありません。
 この改正から、横浜方面からの直通運転が始まっています。当時は片道のみで、平日・土休日共、早朝の三浦海岸始発快特と、久里浜始発の特急が各1本。京急蒲田では乗客を乗せたまま3番線から一旦品川方へ引き上げ、空港線の1番線に転線する形態をとっています。
 北総線延伸で、印旛日本医大まで直通運転を開始。

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2001(H13)年9月15日改正
 羽田空港発でも、横浜方面への直通運転が始まりました。こちらは逆に、22時台の久里浜行快特特急が各1本、やはり京急蒲田では乗客を乗せたままでの入換運転を行っています。

 こうして年毎に空港アクセスダイヤの改善は図られつつあるが、いかんせん京急蒲田駅の配線が最大のネックで、まだアクセス鉄道として十分なダイヤを設定できるまでには至っていません。それでも連続立体交差工事がこの後の2002(H14)年5月にスタート。今後の充実を期待させつつ、この先も年を追う毎にダイヤの改善が図られて行く事になります。

 2003(H15)年以降、横浜方面への直通運転が本格化する事になるが、次回にまわします。

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 SMAPの年内一杯での解散が発表になりました。新年早々にも解散が取りざたされた事があり、あの時は一旦グループとして存続という事になりました。四半世紀以上もやってきて、メンバーが皆「アラフォー」であれば、独立してやってみたいと考えるようになる者がいたって自然な流れでしょう。今日明日すぐに活動停止という訳ではないし、あと4ヶ月とちょっとの間、ファンはめいいっぱい応援し続けてあげれば良いだろうと思います。