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zoom RSS 1990 永久保存版 JRバス30年の軌跡(マガジン大地/グラフィス)

<<   作成日時 : 2019/04/18 22:00   >>

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「永久保存版」と銘打たれた、JRバスのあゆみを記したムック本が、先月刊行になりました。といっても、JRバスの30周年(本州の5社)は去年の事、1年あとの話のなったのだが。

 まず、「Grafis Mook」となっているが、編集が「株式会社 マガジン大地」となっていて、バスマガジン誌(講談社ビーシー)と同じだ。裏表紙はバスマガジンの広告になっているが、なぜ別の出版社の刊行になったのだろうか。

 本文は4部構成で、まず現役車両がカラーグラフ、1990年代の車両がモノクロで、カタログ的に並んでいます。
 カラーリング的には、一般の路線バス(JR東海バスはもうないが)は、JR九州バス以外は白と青のツートンカラーを基調としていて、無論西日本JRバスが典型のように多少アレンジされたりしているものの、基本的には国鉄時代末期の頃のデザインを踏襲している。JRバス東北はほとんど国鉄時代のカラーのまま。一方で、コミュニティバスを受託したり、旧塗装の復刻があったりしたりして、この辺は経営環境や、時の流れを感じさせます。
 一方で高速バスは、各社とも一番力を入れているだろう分野であるだけに、かなり個性的になっている。意味は違うが、JRバス東北とJR九州バスに、新幹線との共通性を持たせたデザインの車両があるのが興味深い。親会社の旅客鉄道のクルーズ列車の下車観光用車両があるのも共通している。
 JR四国バスは、大栃線は5台体制だったのに、「ドキンちゃん」号が松山に移動になってしまったのが残念(その辺については触れられていない)。

 一方で1990年代は、まだ国鉄時代の車両が相当数残っているし、何よりモノコック車がかなり多い。「いすゞシャーシ+日野車体」の、国鉄時代の王道と言える車両も見られる。国鉄時代は前中折戸が標準だったが、民営化後は前後ドアや、中ドアが4枚折戸になった車両も見られる。カラーも個性化してきていて、白黒なのはやや残念。
 車両そのものだけでなく、行先も、一般路線車ではもう見られなくなってしまった所が、かなり多い。

 次が、JRバスの車両の一覧表で、去年の大晦日の時点に続いて、本州の5社がスタートした1988(S63)年の時点。排ガス規制スタート前の車両が相当数残っている。
 本州のバス分社の時点では、番号の付け方はまだどこも変更していない。後に変更した会社でも、基本的な付け方は国鉄時代からのものを踏襲していて、鉄道のJR四国のような、完全に付番方法を変更したバス会社はない。ただ、国鉄時代にはなかった車種や中古車両を導入したり、メーカーサイドのモデルチェンジや、型式の集約などは、ある程度反映されているようです。
 ここでも、廃止されてしまった営業所や支所・派出所がほとんどで、正直哀しい。配置が20〜30台程度の所がほとんどで、歴史上の経緯(国鉄時代の通称「五原則」の存在)で路線網の面的な展開がなかった事も、縮小に結ぶつく要因となったかも知れない。「支店」という言い方は、ここではまだ。

「JRバス30年のあゆみ」でJRバスグループ全体を俯瞰すると、一般路線バスの大幅縮小→高速バスへのシフト、という流れは、程度の差はあるが、JHB以外はほぼ一致している。
 JHBもそうなのだろうが、高速バスは札幌中心にならざるを得ず、面的なネットワークを構築できない上、既に北海道中央バスが路線網を展開していた事、一方で一般路線は撤退も多かったが、札幌市営バスを引き受けた事で、札幌市内の路線は、在来の事業者と同程度のネットワークを構築した、という点が他のJRバスとはやや異なる点ではないだろうか。唯一、本州と直接の繋がりがないという事もあるし。特定地方交通線でないローカル鉄道線の転換バス(深名線)を開設したのも今の所JHBだけで、今後のJR北海道の状況によっては、同じようなケースの路線の開設もあり得るのだろうか。帯広は3月に行ったばかりなので、地上時代の駅の写真は興味深い。
 西日本JRバスの能登路線は、需要の縮小も当然あるが、接続していたJR七尾線(和倉温泉〜輪島間)がのと鉄道に転換した事で、JRグループとしては孤立したエリアになってしまった事も、撤退の理由にあったのではないだろうか。民営化の時点では、座席指定制の定期観光バス〔おくのと号〕を運行していたエリアだったのだが。
 一般路線は、座席指定料金や急行料金を必要とした便が(路線自体は存続していても)全て廃止になった一方、在来事業者と共通のICカードを導入する路線が多くなった事が、ほぼ共通した傾向。
 貸切バスはかなり差が出てきているようで、民営化直後はどこも積極的に営業を強化していたが、西日本JRバスは子会社を作った一方、JR四国バスは、既存の事業者を買収したりもしたのに、2年前に撤退してしまった。四国の場合、貸切バスは橋の相次ぐ開通で本州から直接多数入り込むようになり、四国内での需要が小さくなってしまった、という事もあるのではないだろうか。
 簡単でもいいから、規模の比較のために、新旧の一般の路線図もあると良かった。
 なお、JR九州バスのテキストは、基本的にはバスマガジンvol.94と同じ。

 最後に、JRバス本州5社の紀行。
 多古線は、旅客機の撮影で何度も乗っているので興味深かった。ただ、航空科学博物館自体は、実は入った事はないのだが。「機内食風ランチ」は、実はごく普通のハンバーグ定食で、特定の航空会社のメニューではない(私は関西空港に行った時、ガルーダ・インドネシア航空のフェアがあって、機内食を食した事がある)。雪だったが、旅客機はちゃんと発着していたようだ。多古線は今は成田〜航空科学博物館(〜成田空港貨物地区)がメインとなり、八日市場は支店の多古移転もあって、便数はかなり減ってしまいました。ただ、新車のエルガノンステップが入ったりしているので、この辺は希望が持てそう。ここではなかったが、「さくらの山」への経由便の設定もあるし。
 最後に、故種村直樹氏の、東名高速線の途中の停車場での乗り降りの紀行。しかし1995(H7)年3月13・14日と言ったら、阪神大震災から2ヶ月しか経っていなくて、東名高速の被害は少なかったが、影響はなかったのだろうか。山陽新幹線や山陽本線などはまだ不通だったし(テキストには記述はない。「地下鉄サリン事件」は一週間後)。「ミニ周遊券」「小田急電鉄」は懐かしい響きだ。
 なお、東名の乗継ぎで新の方のライター、栗原景(かげりと読むらしい)氏は、種村氏のアシスタントだった方。

 かなり駆け足になったが、全体的にカラーグラフが中心なので、気楽にJRバスの歴史を振り返る事ができる構成になっていたと思います。次の30年はどうなるか。願わくば、普通の路線バスで、少なくともこれ以上の縮小がない事を願う。親会社の旅客鉄道の、特にローカル路線の動向にも、左右される事になるかも知れません。

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 ANAが、国際線エコノミークラスの事前座席指定の一部有料化を発表しました。対象運賃はValueの運賃クラスV・W・SとSuper Valueで、5月29日以降の発券・8月29日以降の搭乗から。全部の席ではなく、後方を除いた窓側と通路側、それに非常口座席が対象となり、欧州・北米大陸・オーストラリア路線では、非常口座席は+5,500円、それ以外の対象の窓側・通路側は+2,500円。B787−8の例が図で示されていたが、後方のゾーンの2列目までが有料化の対象で、私は後方に座る事が多いから、まずは有料化の対象にならずに済みました(だって、今回対象となる前方の窓際は、丸々翼の真横だもん)。A380はどこまでになるのだろうか(ANA COUCHiiは対象にならないと思う)。しかし、去年搭乗のルフトハンザは丸々事前座席指定が有料になっていたようで、A350だった往路ミュンヘン便は窓際を確保出来ず残念、とも書いたが、いよいよLCC以外の在来キャリアも、エコノミーの事前座席指定の有料化へ、舵を切っていく事になるのか。JALはどうする。いずれは追随する事になるのでしょうか。

《今日のニュースから》
17日 台湾 ホンハイ会長 2020年総統選挙立候補表明 
18日 成田空港 テロ対策の合同訓練実施

 台湾というと、今日はまた大きな地震があって、今の所人的な犠牲は報告されていないようだが(1人重体らしい)、3年前に立ち寄った花蓮駅は水道管が破裂して水びだしになっているそう。台湾って、日本以上に大地震が多いように思います。早期に立ち直る事を願います。

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