№2149 バスジャパン・ハンドブックシリーズV103 新潟交通

「緊急事態宣言」が、5月いっぱいまで延長になりました。個人的には、予想されていた通り、と思っています。事が事なので賛否さまざまであるが、ともかく、延長はこれっきりで終わってもらいたい。そりゃあ、我々国民一人一人の行動にもかかっているのだろうが、政治の側も一方的に犠牲を強いるのではなく、(左右関係なく)きちんと収束に向けた道筋をつけて頂きたい。そして、私的には何よりも、「宣言」によって、さまざまな面で傷ついた、交通事業者(陸も海も空も)に対する十分な支援を、強く願いたいと思います。大勢の人に乗ってもらいたい、乗ってもらわないと困るGWの時期に、「外出を自粛してください」とアナウンスを流すなんて、矛盾もいいところだ。従業員が感染のリスクを覚悟のうえで(現に交通事業者の従業員の感染が増えてきている)、信じられないくらいガラガラの電車・バス・客船・飛行機等を、それでも運行し続けなければならない犠牲を、交通事業者は払っているのだから、上にも下にも、キチンとした見返りがなされるべきだと思います。(交通に限らないが)現場の最前線で働く人々は、「テレワーク」なんて、エリートがやるような事は出来ないのだから。

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「バスジャパン・ハンドブックシリーズ」(以下「BJシリーズ」)最新刊、「V103 新潟交通」、今年早々に刊行されていたのに、例によって、またかなり遅くなってしまいました。

 新潟交通は、ちょうど20年前の2000(H12)年秋に、NEW32で取り上げられていました。当時は新潟交通本体(以降「交通」と呼ぶ)のほか、分社が新交貸切バス、新交北貸切バス、新交西貸切バス(この3社を合わせて、以降便宜的に「旧貸切3社」)、新潟交通佐渡(以降「佐渡」)と4社あり、旧貸切3社は、本体と同じ場所に営業所を構えている所もありました。旧貸切3社は後に、今の新潟交通観光バス(以降「観光」)に一本化される事になります。
 営業所はこの20年で廃止や分社への一本化が相当数行われていて、交通本体では新潟中部・下山両営業所が廃止になっています。また新発田・京ヶ瀬・潟東の各営業所と、観光バス部は観光に一本化されています。交通で残存する6営業所は全て、新潟市にあります(新潟西部と新潟南部は、20年前は「平成の大合併」前の新潟市の外だった)。
 分社は、旧新交貸切バスの三川・五泉、旧新交北貸切バスの中条、旧新交西貸切バスの弥彦・加茂・三条の各営業所が廃止になっています。この結果、現在は交通6、観光8、佐渡3、合計17営業所体制となり、重複もなくなって、かなりスッキリとはしました。特に本土は、交通と観光の役割分担が完成した事があります(他に、特に地方部の路線の相当数の廃止もあるのだが)。なお、いわゆる「派出所」「支所」「車庫」といった、営業所に従属する(車両が配置された)事業所は20年前も現在もなく、台数の多少に関係なく、全て独立した営業所です。

◆ 新潟交通グループの車両たち
1. グループ全体の台数は、NEW32の950台→今号756台と200台近く、20%以上の大幅な減少になりました。
 交通が635台→436台、分社への移管もあるが、3割以上の減少で、特に貸切は61台→6台と、ほとんどなくなりました。一般の乗合は526台→388台で1/4の減少。高速も48台→46台と、ほぼ横ばいです。
 分社は、20年前の旧貸切3社は、廃止代替路線用車両が一般の乗合車と別にカウントされています(貸切登録)。当時、「路線バス」は全て廃止代替で、3社合計で108台ありました。現在の観光の乗合車は168台で60台増えているが、特に台数が多い潟東〔営〕など、交通からの移管を受けた営業所がある事が理由として考えられます。貸切者は、本土側では観光にほぼ一本化されてはいるが、71台→67台と微減、高速車は26台(三条〔営〕に12台あった)→12台と半分以下になっています。結果、旧貸切3社トータル210台→観光247台。
 佐渡は、乗合車と廃止代替を合計すると、20年前は68台、今号では46台と、やはり大きく減少しています。貸切車も37台→27台と減少しました。合わせて105台→73台。

 この結果、各事業者のグループ全体に占める割合は、交通57.67%、観光32.67%、佐渡9.66%となりました。20年前は交通66.84%、旧貸切3社22.10%、佐渡11.05%で、観光の存在感がやや高まったという事になります。

2. これを踏まえて、用途別の割合を算出すると、グループ全体では、乗合車79.50%、高速車7.41%、貸切車13.10%となりました。20年前は乗合車(ここでは廃止代替を含める)74.52%、高速車7.68%、貸切車(廃止代替を除く)17.78%で、高速車はほぼ横ばい、貸切車が減り、その分乗合車の割合が高まっています。

① 事業者別にみると、交通は、乗合車88.53%、高速車10.09%、貸切車1.38%。20年前は乗合車82.8%、高速車7.55%、貸切車9.60%でした。
 営業所別にみると、乗合車は新潟南部〔営〕が23.32%と全体の1/4近くを占めています。逆に新潟東部〔営〕は5.44%とかなり少ない。しかも21台中4台は高速車と同型です(空港リムジン)。高速車は、現在は新潟東部〔営〕のみの配置となっており、ここは長距離路線の受け持ちが中心と言えます。

② 観光は、乗合車68.42%、高速車4.86%、貸切車26.72%。20年前の旧貸切3社は、乗合車54.28%、高速車11.90%、貸切車33.80%で、貸切車の割合が高まっています。交通からの移管もあるでしょう。
 営業所別では、乗合車は潟東〔営〕28.99%、京ヶ瀬〔営〕20.71%、新発田〔営〕18.93%で、ある程度新潟市中心部に近い所に、配置が集中しています。高速車は潟東〔営〕のみ。貸切車は、本社〔営〕ではなく京ヶ瀬〔営〕が最も多くて全体の28.79%、本社〔営〕が25.76%で、この2営業所で、全体の半分以上。下関〔営〕以外の全営業所に、最低2台の配置があります。

③ 佐渡は、乗合車63.01%、貸切車36.99%。20年前は乗合車64.76%、貸切車35.23%。やや貸切の比率が高まったという程度で、乗合:貸切≒2:1の割合は、ほぼ変わらない。本社〔営〕が、乗合車は52.17%で半数以上、貸切車は全車両、「本社」だから当然だろうが、新潟市からの船が到着するのは両津なので、この結果は少々意外かも。

3.平均車齢を、事業者別・用途別に出してみました(2019(H31~R元)年を0年とした)。

① 乗合車は、グループ全体の平均では14.21年だが、交通と、観光・佐渡で圧倒的な差があります。
 交通は11.15年。新潟西部・内野の両営業所が10年を切っています。入船〔営〕が一番高く、14.49年。最高齢は新潟南部〔営〕に在籍する、1996(H8)年式の2台。20台以上導入される年と、導入が一桁に終わる年が、8年くらいの周期で訪れます。2015(H27)年はBRT用連接車の導入もあってか、26台と最大勢力です(乗合車全体の6.74%)。逆に2003(H5)年は、導入がありませんでした。今現在は、「底」の時期と言えます。また、必ずしも6営業所均等の新規導入にはならないようで、2012(H24)~2013(H25)年は、新潟北部〔営〕の8台のみ。2008(H20)年も、新潟南部〔営〕に22台あるが、他の営業所には配置がありません(転属もあるだろうが)。
 観光はかなり高齢化し、19.95年になります。全営業所が17年以上で、下関〔営〕25.43年、村上〔営〕22.94年、勝木〔営〕22.60年と、特に北部、旧新交北貸切バスのエリアが高い傾向にあります。津川〔営〕も22.13年で、やはり新潟市から離れた地方部が高くなります。20世紀の車両が107台あり、乗合全体の2/3近くを占めています。逆に、この10年以内に導入された車両は、新発田市コミュニティバス用のポンチョとローザ、合計6台しかありません。最高齢は京ヶ瀬〔営〕在籍の1991(H3)年式のキュービック1台で、新潟交通グループ全体の最高齢車両でもあります。
 佐渡も18.78年と相当高齢化。羽茂〔営〕はちょうど20年です。20世紀の車両が20台あり、56.52%と半分以上です。この10年以内の導入は、2014(H26)年のエアロミディ・ノンステップ車1台のみ。最高齢は本社〔営〕にいる、1994(H6)年式の1台。

② 高速車は、現在は交通の新潟東部〔営〕と、観光の潟東〔営〕に集約され、新潟東部〔営〕は6.50年、潟東〔営〕は14.67年と、やはり大きな差がついています。最高齢は潟東〔営〕の2000(H12)年式。

③ 貸切車は、交通は各営業所に1台ずつの配置に縮小し、平均車齢は19.67年。4台は20世紀の車両で、最高齢の内野〔営〕にいる1993(H5)年式は、交通全体でも最高齢です。観光は11.26年。一番若いのは潟東〔営〕の8.60年。津川〔営〕は3台のみだが全て20世紀の車両(小型車のみ)で、平均車齢は24.00年。佐渡は本社〔営〕のみで19.70年、一番若くて2005(H17)年式、半数以上が20世紀の車両です。

 20年前の掲載車両では、現在でも161台が、新潟交通グループに在籍しています。残存率16.94%と、20年という期間の長さの割には、かなり高い。特にUーMJ217Fが18台中17台、KC-MJ218Fも27台中24台と、かなりまとまって残っています。どちらも小型車で大半が乗合なので、地方のローカル路線に向いているという事でしょう。反面、電車代替バスとして1998(H10)年に8台がまとまって導入されたKC-JP250NTNは、現存は村上〔営〕に移動した1台のみ。中型系は、新潟交通の肌には合わなかったか。

4. グループ全体のメーカー別割合は、いすゞ37.83%、日産ディーゼル15.87%、日野2.38%、三菱ふそう43.38%、スカニア0.52%。
 20年前はいすゞ35.78%、日産ディーゼル29.47%、三菱ふそう34.73%で、日デがやや低いものの、ほぼ3等分と言えた。日デは生産終了から10年経っているから割合は減りつつあるものの、代替がスローである事、中古車両の導入が多いので、まだ結構見る機会はありそう。京ヶ瀬〔営〕には一般乗合車として、KC-RA531RBNが4台残っています。万代シティと瓢湖を結ぶ路線で走っているらしい。いすゞは、割合はあまり変わっていないが、高速・貸切は、20年前はスーパークルーザーUFCの2台だけだったものが、現在は高速車35台、貸切車23台(+空港リムジン2台)が在籍します。日野は20年前にはなく、現在でも18台中15台はポンチョ、1台はリエッセ、2台は自家用登録だったレインボーで、中型以上の一般的な乗合車や、高速・貸切車は今でも存在がありません。

5. 乗合車のノンステップ率は、グループ全体では42.10%。
 交通は56.48%。新潟南部〔営〕76.67%、新潟西部〔営〕75.51%、内野〔営〕70.83%と高率の一方、新潟東部〔営〕14.29%、入船〔営〕17.72%と、結構格差が大きい(新潟北部〔営〕は52.94%)。
 観光は10.06%と、やはり大分低い。台数そのものが少ない営業所もあるが、乗合車が49台在籍する潟東〔営〕が8.16%にしかならない。本社〔営〕が25.00%(といっても16台中4台)、京ヶ瀬〔営〕が14.29%。津川・下関・勝木各営業所にはノンステップ車がなく、村上〔営〕も1台のみ。
 佐渡は39.13%と、意外?と高い。本社〔営〕は半分がノンステップ車。
 ハイブリッド、CNG,燃料電池、EVといった低公害車は、20年前も現在も存在せず、全てピュアディーゼルエンジン車。

6. 中古導入(自家用登録車の購入も含む)はグループ全体で119台あり、全体の15.74%になります。
 特に佐渡は75.34%、3/4が中古導入、観光も25.10%、1/4が中古導入です(交通は2台で0.46%)。
 導入元は自家用を含めて28者(相模神奈交バスは神奈川中央交通、西武観光バスは西武バスに含めた)で、一番多いのが神奈中の28台、中古導入の23.53%で1/4近くになります。次いで横浜市営バスの12台(10.08%)、西武バスの11台(9.24%)。一方で20年前には廃止代替用としてまとまった導入があった東急バスは、現存していません。

 以上を総合すると、乗合車の新車は交通に集中投入、経年車は地方に転出、観光と佐渡は経年車+中古導入による代替で体質改善、という流れが見えてきます。むろん、他事業者もそういう傾向はあるが、新潟交通グループは、それが特に顕著だと感じられます。

◆ 新潟交通のあゆみ
 むろん、新潟交通は新潟県内では越後交通と並ぶバス事業者の最大手だが、個人的には電車のイメージが強かった。冒頭の写真は白山前の電車の駅で、北村ボディのバスと、右側にちょっと見づらいが、電車が停車しているのが見える。以前は県庁前と称していたが、県庁が南部に移転したので、白山前に改称。後に今度は市役所ができて、バスは市役所前と改称したが、電車の駅は1992(H4)年の部分廃止まで、白山前のままでした。
 戦後のバス部門で影響大だったのは、関越道を中心とした高速道路の整備と、「平成の大合併」による、政令指定都市・新潟市の成立だろう。新津が新潟市(秋葉区)というのは、いまだに想像しがたい。
 バスでいうと、やはり北村車体だなあ。かまぼこスタイルは割と全国区に近くて、神奈川県でも神奈中バスが昭和の終わりまで相当数導入していたのだが(一部は蒲原鉄道に移籍して、新潟県に「里帰り」している)、「なまず」が、新潟交通のみでほぼ終わってしまったのが、趣味的には残念。あのまま生き延びて、ノンステップ車の時代を迎えていたらどうなっていたろうかとも想像するが、今日、西日本車体さえ廃業するようでは、やはり先は長くなかったというべきか。

◆ 新潟交通バスのいる風景
 やはり範囲が大きくて、都市も田舎も離島(というには佐渡は大きいが)もあるから、風景はバラエティに富んでいる。なお津川〔営〕は、土曜日は2往復だけ運行があるようです。

◆ 新潟・佐渡の伝統と文化を体感する
 NEW32の紀行は種村直樹氏による、新潟の豪農の館と邸宅めぐり、2泊3日で新潟から下関へ北上し、最後は山形行の長距離バスで締めくくる行程でした。前年に鉄道が全線廃止になったばかり、東関屋の車庫に、鉄道車両が集結した写真があります(最初のカラーページにある「かぼちゃ電車」の色の電車)。歴史編に記されている通り、鉄道は併用軌道区間が先行して廃線となり、東関屋はバスとの乗り継ぎ地点となってビルも整備されたが、廃線後はコンビニだけが残り、種村氏は「旅行センターの跡地を、バスの待合室として開放できないのか」と記しています(結局この後、全面的に解体される)。
 今回の谷口礼子さん(今、お仕事どうなっているんでしょう…)の紀行は、新潟の文化を見て、体験する行程で、初日が本土、2日目が佐渡で、前日に新宿から高速バスで新潟入りしています。最初の訪問地の笹川邸は、20年前にも種村氏が最初に訪れていました。ただ、バスの乗り継ぎ地点が違う。今回はBRTを利用しているので、青山での乗り換えになっています。鉄道の廃線は、もう「昔」の話なのか…。笹川邸入口バス停近くの鉄道廃線跡は、20年前は線路や架線が残ったままだったそうだが、今はただの「土手」か。
「Negicco」なんてご当地アイドルは、初めて聞いた。新潟のアイドル=NGT48だろ、というイメージが(色々な意味で)あったので。
「新潟交通佐渡のバスではPASMOは使えない」と書いてあって、一瞬、最初は当然だろ?と思ったが、「りゅーと」の導入は新潟交通本体のみ、新潟交通観光バス・新潟交通佐渡は導入していない。

◆ 終点の構図
 NEW32は、佐渡島の深浦でした。道路の開通により路線(宿根木線)は道路の開通で中間のバス停となり、江積まで延長されている事は、バスマガジンVol.99「終点の情景を求めて」に記されています(ただし、深浦は寄り道して折り返す形態、立ち寄らない便もある)。宿根木線は一部「ジャンボタクシー」で運行されるそうだが、車両のリストにはありません。
 今回の雷は、新潟交通グループのエリアの最北端になります。1日4往復で、昨今のローカル線では珍しく?土休日も平日と同じ便数・時刻が確保されています。津川〔営〕の路線は全て、休日運休なのに。この路線が走っている道路を、雷終点からさらにさかのぼっていくと、山形県鶴岡市に入って、同じように「羽越しな布」の技法があるという関川の「関川しな織センター」に着いて、体験などができるようです。
 
◆ 新潟交通グループの路線エリア 20年前は旧貸切3社と佐渡は点線で表記され、交通本体とは分けられていたが、現在は全て実線で表記されています。
 何より、路線が相当減ってしまった…。結果、村上を中心とした旧新交北貸切バスのエリア、および津川〔営〕のエリアは、新潟を中心としたエリアからは、完全に孤立する事になりました(新潟とを結ぶ高速バスもなくなっている)。新発田からは、旧国鉄赤谷線代替バスが東赤谷の終点まで入っていたのが、2年前の路線縮小で廃止になり、手前の赤谷連絡所までに短縮されている。また西側も、吉田・弥彦付近の路線がほとんどなくなっています。一応、JR弥彦線で、越後交通とエリアを分け合う形になっています。
 電車代替バスは、路線はかろうじて今も新潟市内~燕間でつながっているが、白根~燕間は平日6往復・土休日2往復のみになっているようです。
 先の「風景」でも写真と共に記されていたが、村上~府屋間で、海側の国道345号線、JR羽越線に並走する形で、20年前にはなかった路線が新設になっているのが特筆されます。村上市が委託して運行する形になっているようで、時刻表は、村上市のWebに記載されています。なお、土休日は全便運休。
 佐渡は、廃止になった路線もあるが、前述のとおり、深浦の先へ路線が延長されています。全体的には大きな縮小はない。

 新潟交通のバスも日常的に利用する機会はないからあまり多くは語れないが、本体は、都市輸送に資源を集中させる事になるのだろう。BRTが躓づき気味になってしまったのは残念ではあるが、「銀太郎」以来、都市新バススタイルへの指向は変わっていないので、不十分な点は改善し、発展が望まれます。増備車両はどうするのだろう。スカニアの増備か、あるいはいすゞ(もしくは日野)のハイブリッド連接車の導入か。2期目に向けた動きとして注目されます。何回か書いているが、「紀行」で記されたような、本線⇔支線の乗り換えを必要とする運行形態となるのなら、やはり本線側はもっと本数が欲しい。10分間隔では、「BRT」としては少ないと思う。
 もう一つ大きなポイントが、JR線が高架化した新潟駅で、万代口のスイッチバック式のバスターミナルは廃止となり、その西側にバスターミナルを新設(今もすでに到着便は入っているが、これを拡張)。これはJRの高架下をくぐって南口と連結する形態となるようで(次回「バスグラフィック誌」で書きます)、完成するとBRT共々、市内バスの運行形態に大きな影響を与えるのは間違いない。リニューアルされるという万代シティバスセンターともども、どんなものになるか、路線の再編成などと合わせて、楽しみに待ちたいと思います。
 高速バスは、県内路線、県外行共、当面は現状維持でしょうか。特に長距離路線は、旧ツアー組との競合が激しくなっていた所に新型コロナウィルス感染渦の影響があり、今後の懸念もあるが、新潟県の鉄道の夜行列車が全面的に廃止になって久しく、バスは夜行を中心に生き残りを図っていく事になるのでしょうか。
 地方路線は、特に本土側は結構苦しそうだな、という印象。前述の赤谷線のように、鉄道の代替のバスでさえ縮小される傾向なので心配であり、最低限、今のお客さんを繋ぎとめる事だろう。それはバス会社だけでなく、自治体や、さらには沿線住民の側も考えて欲しい。車両面がもう少しでもグレードアップされると良いのだが。
 佐渡は、やはり観光が中心になるだろうか。「風景」や「紀行」に記されている通り、「金山」だけでなく、田舎の町にも見どころはあり、これを活かしたい。船旅とセットにしたい(新宿からの夜行高速バスも、バスタ新宿23時00分発は、フェリー乗り場まで運行(ただし越後交通の運行)している。なお、現在全便運休中)。乗合車は、こちらも車両面のグレードアップを望みたい。本土もだが、高齢者の多い地方都市こそノンステップ車が必要、という考え方もできるので。
 新潟市内はほぼ手持ちのPASMOで乗れるようになったから、関東在住でも気軽に乗れるようになりました。今はすぐに新潟へ、とは行かないが、できるだけ早めに新潟を再訪したいし(電車がないのは残念ではあるが)、やはり佐渡は、一度は渡らなければならないでしょう。船旅も楽しいので。機会を作れる日が来るのを、楽しみに待ちたいと思います。

 さて、次巻V104は阪急バスが予告されているが、BJエディターズのWebサイトでは、刊行の延期が発表になっています。現状では仕方あるまい。バス会社はどこも取材に応じるどころではないはずだし、紀行も現状ではできそうにないので。気長に待ちたいと思います。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


《今日のニュースから》 カッコ書きは新型コロナウィルス感染関連
 3日 南北軍事境界線 北朝鮮側から銃撃戦
(千葉県 営業継続パチンコ店に休業指示) 
 4日 千葉県北東部震源の地震発生 千葉県・茨城県各地で震度4
(大相撲夏場所 開催中止決定)
 5日 こどもの本総選挙 「ざんねんないきもの辞典」2連覇
(韓国プロ野球 無観客で開幕)

 おとといは憲法記念日でした。今年は新型コロナウィルス感染による「緊急事態宣言」と憲法の兼ね合いが論点の中心になったようだが、護憲派・改憲派とも、大規模な集会やデモは行わず、オンライン上のイベントが中心になったようです。毎年書いている事だけれど、私は護憲派の端くれだと思っているが、近年の憲法の在り方をめぐる「議論」は「議論」になっていなくて、ただ一方的に自らの主義主張を声高に叫ぶだけなので、正直ウザイ。両派が同じテーブルについて、相手の話を聞いたうえで意見を戦わせる、という事、誰もしないでしょ?今年は、静かになって良かったです。「誰のための憲法」ではなく、「誰のための憲法の『議論』」なの?それが、この数年、憲法記念日毎に否めなくなるのが実感、なので。

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