№2209 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 4.岩手県(1)

 平成30年間の鉄道を、都道府県別に回顧するシリーズ、4回目は岩手県です。当然東北新幹線などもあるが、岩手県を代表する鉄道は?と問われたら、三陸鉄道を一番に挙げる方も多いのではないでしょうか。昭和時代に少しさかのぼってみます。

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第3セクター鉄道の雄 三陸鉄道
震災の悲劇越え 三陸縦貫路線完成へ


第3セクターの雄 三陸鉄道 再生への道
 悲劇の日、2011(H23)年3月11日。東北地方の太平洋沖を震源とする巨大地震は、岩手県を中心とする太平洋沿岸に押し寄せた大津波によって、東北地方を中心に破壊的・壊滅的な被害をもたらした。岩手県だけでも5,000人を越える犠牲者を出し、多くの被災者が故郷を追われていった。その傷は未だに癒える事がない。
 鉄道も太平洋沿岸を中心に甚大な被害が出た。JR大船渡線・山田線・八戸線、そして三陸鉄道の南北両リアス線全線が大津波の直撃に遭い、長期間の不通に追い込まれる事になったのである。
 三陸鉄道は、旧国鉄特定地方交通線を転換して開業した、第3セクター鉄道の第1号である。三陸海岸沿岸を結ぶ国鉄の縦貫鉄道として建設が進められていたが、盛線、宮古線、久慈線が開業した時点で、建設が凍結されていた。三陸鉄道はこれら3線を全て引き受けた上、未開業区間を完成させ、1984(S59)年に、南リアス線(盛~釜石)と北リアス線(宮古~久慈)間の同時開業になった。国鉄時代から列車本数を増加させるなどの利用者獲得策と、ワンマン運転対応車両の導入などの経費削減策は、以降全国各地に開業する、第3セクター鉄道の基礎となった。地域の「マイレール意識」にも支えられ、開業時は好調な経営が続く事になった。
 観光輸送にも力を入れ、横浜博覧会開催時に運行されていた臨港線のレトロ調車両を、博覧会終了後の1990(H2)年に購入、「おやしお」「くろしお」と称して、観光列車に運用した。1987(S62)年からはJR山田線・大船渡線との相互乗り入れ運転も行っており、JR東日本のジョイフルトレイン直通の実績もあった。
 開業時は黒字を維持していたが、通勤や通学に加え、病院の移転による通院客の減少や自動車道路の開通があり、1993(H5)年以降、赤字経営に転落する事になった。対策としてさらに観光対策に力を入れる事になり、1997(H9)年より毎年夏季、仙台~盛~釜石~宮古~久慈~八戸間を直通する〔リアスシーライナー〕の運行が始まっている。三陸・JRの混成編成となり、三陸車両が仙台・八戸に乗り入れる事になった。2002(H14)年にはリクライニングシートに改装した車両を導入、居住性の改善も図っている。レトロ調車両は2005(H17)年に自社新製車両に交代、「さんりくしおさい」の愛称で観光列車や団体列車に使用されていた(2016(H28)年引退)。
 2000(H12)年には鉄道建設公団より鉄道施設を無償で譲渡。2007(H19)年には岩手県と沿線自治体の財政支援を受けて「三陸鉄道再出発宣言」を行い、鉄道事業再構築事業が国道交通省より認定されて、再建に向けて一歩を踏み出した。東日本大震災は、その矢先に起きた惨事だった。
 北リアス線は、震災の5日後には一部区間で運行を再開、復旧工事の進捗に合わせ再開区間が延び、翌年には宮古~小本間と田野畑~久慈間で運行が再開されていた。南リアス線は2013(H25)年に盛~吉浜間で運行を再開している。再開に当たっては、新車両導入に、クウェートからの支援を得ている。
 2014(H26)年4月、南北リアス線が相次いで、全線の運行を再開した。北リアス線では再開と同時にレトロ新車両「さんりくはまかぜ」を導入している。
 一方、JR山田線・宮古~釜石間はさらに被害が甚大で、、一時はBRT(バス高速輸送システム)への転換も模索された。JR東日本は2014(H26)年費用の1/3を負担して線路を復旧させた上、三陸鉄道に営業を譲渡する案を提示。2015(H27)年より復旧工事が開始となり、ついに2019(H31)年3月23日、震災から8年ぶりに全線の再開を見る事となった。盛~釜石~宮古~久慈間は「リアス線」として一体化して営業する事となり、全線163㎞は、第3セクター鉄道としては最長となる。開業から35年で、三陸鉄道は日本の第3セクター鉄道の雄として、新元号・令和の世の中に漕ぎ出す事になった。
 新規転換区間ではJR時代の各駅に加え、宮古市内に払川、八木沢・宮古短大の2駅が開業したが、この両駅は、通年営業の一般駅では、平成時代最後の新規開業駅となった。

BRT化 大船渡線 廃線の岩泉線
 一方、同じく震災による大津波で、特に陸前高田付近で甚大な被害を被ったJR大船渡線(気仙沼~盛)は鉄道による復旧が断念され、BRT方式の運行再開となった。JR東日本自らが運営を受け持つ(運行は地元の民営バス事業者に委託)。順次鉄道跡地を専用道路に転換しているが、大半の区間は公道を運行、宮城県境では鉄道時代とは別ルートの海岸沿いの国道を走行し、陸前矢作~上鹿折間は鉄道時代のルートが途切れている。陸前高田は市街地の復興の進捗に合わせて移転を行っている。車両は、当初は首都圏などからの中古車が大半だったが、後にハイブリッド・ノンステップ車も導入され、一方で一時は、観光タイプに改造された車両も運行されていた。
 八戸線も津波で被災したが、こちらは翌2012(H24)年までに、鉄道として全線で再開した。観光列車「リゾートうみねこ」が運行され、2018(H30)年には一般列車が全て新車両E130系に置換えられている。
 かつては快速〔むろね〕が運行されていた大船渡線・一ノ関~気仙沼間も、現在は普通列車のみの運行。震災後、キハ100系を改装した全席指定の快速〔ポケモントレイン気仙沼号〕が週末を中心に運行され、沿線の復興を支援している。
 釜石線の急行は〔陸中〕は、1990(H2)年にリクライニング仕様のキハ110形が導入されていたが、東北新幹線八戸開業時の改正で、快速〔はまゆり〕に格下げされた。2014(H26)年より、〔SL銀河〕の運行が始まっている。C58 239を復元、客車として、JR北海道で使用されていた客車改造のDCキハ141系を使用している。夏季に原則週1往復、花巻発土曜日、釜石発日曜日に運行される。
 山田線・盛岡~宮古間は、国道を走る急行バスとの競争に敗れ、快速〔リアス〕の他は、普通列車が細々と運行されるだけである。特に上米内~川内間の定期列車は、4往復しかない。上米内~区界間には大志田・浅岸と2ヶ所のスイッチバック駅があったが、共に2016(H28)年に廃止となった。
 茂市で分岐していた岩泉線は、道路事情の悪さから特定地方交通線の指定を外されていたものの、1日3~4往復の、屈指の閑散路線であった。2010(H22)年の水害により不通のまま、2014(H26)年3月一杯で廃線となった。浅内~岩泉間は開業から42年強での廃線だった。

秋田新幹線開業と 東北新幹線延伸
 東北新幹線は2002(H14)年12月1日、盛岡~八戸間が延伸開業、県内を南北に貫く路線が完成した。延伸区間にはいわて沼宮内、二戸駅が設けられたが、岩手県内の新幹線の駅は7ヶ所(秋田新幹線一部停車の雫石を含めると8ヶ所)となり、全都道府県で最多となった(新潟県も現在7ヶ所)。
 同時に新車両E2系の最速列車〔はやて〕が新設、盛岡以北へ直通する列車は全て〔はやて〕となった。東京~盛岡間は最短2時間36分で結ばれる。さらに2011(H23)年3月5日改正でE5系〔はやぶさ〕を新設、後に最高速度を320㎞/hに引き上げ、現在の東京~盛岡間は最速2時間13分である。一方で開業時からの200系は、2013(H25)年に引退した。
 ぞの5年前の1997(H9)年3月22日、秋田新幹線が開業。田沢湖線を改軌して造られた、山形新幹線に次ぐ「ミニ新幹線」の2番手になる。E3系〔こまち〕が、東北新幹線内は〔やまびこ〕〔はやて〕と併結して東京へ直通。2013(H25)年にはE6系が導入され、順次E3系を置き換えて、所要時間短縮を図った。
 田沢湖線改軌工事中の1996(H8)年から秋田新幹線開業までの間、運休の特急〔たざわ〕の代替として、北上線にDC特急〔秋田リレー〕が運行されていた。かつて特急〔あおば〕なども運行された北上線も、〔秋田リレー〕運行終了後は、再び普通(一部は快速)のみの運転である。
 新幹線の影で、東北本線の優等列車は削減が進んだ。北海道直通の寝台特急〔北斗星〕などが運行されていたものの、岩手県内と東京を結ぶ夜行は、1993(H5)年以降は上野~青森間の寝台特急〔はくつる〕のみとなっていた。その〔はくつる〕も、東北新幹線八戸延伸と引き替えに廃止となった。昼行は盛岡で新幹線から接続する青森方面行〔はつかり〕、秋田方面行〔たざわ〕があったが、〔たざわ〕は田沢湖線工事開始と共に、岩手県内からは姿を消した。〔はつかり〕は2000(H12)年3月にE751系が導入、〔スーパーはつかり〕として運行されたが、新幹線八戸延伸と同時に廃止となった。さらに北海道新幹線と引き替えに、最後まで残っていた〔カシオペア〕も廃止され、県内から在来線としての特急・急行は、全て廃止になった。
 東北本線の普通列車は50系や、改造12系を使用した客車列車が運行されていたが、1994(H6)年、701系通勤電車に置き換えられている。秋田新幹線開業後の田沢湖線には、標準軌用の5000番台が導入された。

東北本線 第3セクター鉄道転換
 東北新幹線八戸延伸と同時に、並行在来線の東北本線・盛岡~八戸間は、第3セクター鉄道に転換される事になり、県境の目時を境として、岩手県側はIGR(アイジーアール)いわて銀河鉄道が運営を担う事になった。IGRの3文字は、盛岡市内に存在した全くの別会社との区別のためである。青森県側に開業した青い森鉄道と相互直通運転を行い、盛岡~好摩間はJR花輪線からの直通の他、朝方には北上~いわて沼宮内間でJRとの相互直通運転も行われる。車両はJR701系と同系のIGR7000系を導入した。当初は快速も設定されていたが、現在は普通列車のみである。後に盛岡近郊に青山・巣子駅を増設し、通勤・通学客の利便性を向上させている。本社も青山駅近辺に移転させた。
 大船渡市内の貨物鉄道・岩手開発鉄道は小規模な旅客輸送も手がけていたが、平成の世になってすぐ1日3往復にまで縮小し、全国の私鉄でも旅客輸送量のワースト1であり続けた。1992(H4)年3月一杯で旅客営業を廃止。貨物は減便・24時間運転の取りやめを行いつつも、現在も石灰石輸送が盛業である。

 次回はデータ編です。

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 昨日また、今度はHACで、マスクを着けていなかった旅客が奥尻空港で降ろされる事態が起きました。これもマスクを着けていなかった事が原因ではなかったようで、当該旅客は不満も口にしているようです。双方に言い分があるはずだが、ともかく航空だけでなく、全ての交通機関に、穏やかに乗りたいと思う。乗る方、乗せる方、どちらも慎重になって欲しい。今後もあちこちで同じケースが起きそうでイヤだ。

《今日のニュースから》 カッコ書きは新型コロナウィルス感染関連
13日 サッカー元日本代表 内田 篤人 JFAと「ロールモデルコーチ」契約
(プロ野球日本ハム PCR検査 選手・首脳陣ら全員陰性確認)

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