№2226 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 7.福島県(1)

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 平成の30年間の鉄道回顧、今回は福島県です。
 常磐線は今年3月14日、東日本大震災被災から9年で、ついに全線再開にこぎつけました。私も今月頭、常磐線も全線乗り通しています。詳しくは後日書くが、最後まで不通になっていた富岡~浪江間に位置する大野駅にも途中下車してきました。大熊町唯一の駅(町役場はかなり遠い)だが、駅付近は未だ「帰宅困難区域」に指定されており、民家も店も柵で覆われ、普段の生活臭というものが、全く感じられませんでした。大野駅も乗り降りはほぼなし。それでいて、〔ひたち〕は全列車停車。駅は当然駅員もいなくて、飲料の自動販売機が1台あるだけ。それでいて、広めの待合室のカウンター席はPC用のコンセント完備というのが、チグハグでもあったのだが。
 上の画像は、平成の世になって初の年末となる1989(H元)年12月の27日、久ノ浜駅を通過する〔ひたち130号〕です。この年の3月、651系〔スーパーひたち〕がデビューするが、上野~平(現いわき)間6往復(1往復だけ相馬発着)のみ、常磐線はまだまだ、国鉄色の485系の天下でした。
 なお、他都道府県もそうだが、下に書く事は基本的に、平成最後の日の2019(H31)年4月30日現在です。

大震災+原発事故 常磐線を長期分断
首都圏⇔会津の足 東武経由が強化


 福島県の地理は、太平洋に面した東部の浜通り、阿武隈高地と奥羽山地に挟まれた中央部の中通り、新潟県と境を接する西部の会津の地域に大別される。中通りは東北新幹線と東北本線、浜通りは常磐線が南北を貫き、会津地域は東北本線の郡山と新潟を結ぶ磐越西線が東西を結ぶのが、県内のJR線の基本的な路線網になっている。

山形新幹線の開業と 東北新幹線の動向
 1992(H4)年7月1日、山形新幹線が開業。奥羽本線・福島~山形間を改軌し、専用車両400系で直通運転する、日本初の新在直通新幹線となった。東北新幹線内では200系〔やまびこ〕と併結運転を行う。奥羽本線では前年より工事が進捗し、特急〔つばさ〕は仙台発着となって、上野直通を除いて福島県からは姿を消した。〔つばさ〕の愛称は、山形新幹線に受け継がれる事になる。合わせて在来線も、標準軌専用の719系5000番台が普通電車に導入されたが、県境の板谷峠にあった名物の4連続スイッチバックは解消された。唯一福島県にあった赤岩駅は、2016(H28)年より全列車通過となった。
 東北新幹線は速達タイプの〔やまびこ〕、各駅停車タイプの〔あおば〕の2本建てで運行されていたが、1995(H12)年12月改正でダイヤパターンの大幅な変更があり、〔やまびこ〕は停車駅を行先によってパターン化、〔なすの〕新設によって、〔あおば〕は大幅に減少し、1997(H9)年10月改正で消滅する事になる。なお〔なすの〕には郡山発着も設定されている。さらに2002(H14)年八戸開業でE2系〔はやて〕、2011(H22)年新青森開業でE5系〔はやぶさ〕がスタートしたが、いずれも福島県内の停車がなく、県内に於ける新幹線の主力は〔やまびこ〕であり続けている。
 東北本線は、仙台近郊で運用されている近郊電車や急行型電車が主力であり続けたが、1990(H2)年以降には719系が導入され、順次在来車両を置き換えていった。後に701系、さらにE721系も導入されている。なお、黒磯駅(栃木県)構内の交直切り替えが駅構内から本線上に変更されたため、2018(H30)年より、黒磯~新白河間はE531系またはキハ110系の区間運転となっている。

震災被災の常磐線 困難な再開の道
 浜通りの常磐線は新幹線の恩恵がなく、一方で常磐自動車道の延伸により高速バスが台頭してきたため、特急〔ひたち〕の強化が急がれる事になった。平成の世になってすぐの1989(H元)年3月11日改正で〔スーパーひたち〕が運行を開始した。651系はJR東日本初の特急車両で、在来線初の130㎞/h運転により、上野~平(1994(H6)年いわきに改称)間は最速2時間15分程度に短縮される事になった。一方、在来の〔ひたち〕は485系のまま運行され、更新工事も行われていたが、1997(H9)年よりE653系により置き換えが行われ、こちらは〔フレッシュひたち〕の愛称となった。大半は勝田(茨城県)発着だが、一部はいわき発着の設定もあった。
〔スーパーひたち〕は、一部いわきから足を延ばし、原ノ町・さらに仙台まで直通する列車もあったが、当初は2012(H24)年予定の改正において、いわきで系統を分割し、いわき~仙台間は新タイプの特急に移行する構想だった。
 ところがその前年の2011(H23)年3月11日、常磐線を災厄が襲う。東日本大震災の発生である。加えて世界中を震撼させた、福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故が発生、沿線は広域に渡って放射能に汚染され、多くの人々が故郷を追われていった。常磐線も一時は久ノ浜~亘理(宮城県)間111.2㎞が不通となった。帰宅困難区域が広範囲に設定され、立ち入りさえままならない場所も少なくなかったが、その後徐々に運行再開区間が拡大されていく。原ノ町~相馬間がしばらくの間、他区間から孤立した運行を強いられたりしたが、2017(H29)年10月21日以降、不通区間は富岡~浪江間20.8㎞を残すまでに縮小した。復興の拠点となっていたJヴィレッジの供用再開に合わせ、2019(H31)年4月20日にJヴィレッジ駅が開業したが、臨時駅ながら、これが平成最後の、日本の鉄道の新駅となった。2020年度の全線再開を目指している。
 震災では東北新幹線も甚大な被害を受け、全線再開は4月29日、被災前のダイヤへの復帰は9月23日であった。東北本線も不通となり、貨物列車も運休を余儀なくされ、福島県を中心とした南東北では燃油不足が懸念された。このため磐越西線では石油輸送の臨時貨物列車が運行され、DD51形の重連がファンの注目を集めた。
 常磐線特急は2012(H24)年改正で新車両E657系が導入され、〔スーパーひたち〕〔フレッシュひたち〕の車種が統一されていった。2015(H27)年の上野東京ライン開業に伴い、大半の特急が品川まで直通を開始。合わせて列車名を〔スーパーひたち〕→〔ひたち〕、〔フレッシュひたち〕→〔ときわ〕と改めた。〔ときわ〕は国鉄時代末期まで運行された急行の愛称であった。
 只見線・会津川口~只見間は、震災とは別の新潟・福島豪雨により、2011(H23)年7月より長期に渡って不通の状態が続いている。2017(H29)年7月になって、沿線の自治体とJR東日本の話し合いにより、福島県が線路を保有、JRが運行を担う「上下分離方式」による復旧工事の施行が合意された。2021年度の再開を目標としている。

会津への鉄路 その変遷
 平成の世になった時点で、首都圏と会津を結ぶ足は、東北新幹線・東北本線+磐越西線と、東武鉄道・野岩鉄道+会津鉄道の2ルートが確立していた。
 上野~会津若松間には、東北新幹線開業後も特急〔あいづ〕が存続していた。新幹線と競合する区間が比較的短かった事があり、〔つばさ〕と共通運用の485系が使用されていた。〔つばさ〕は山形新幹線開業の1992(H4)年に廃止となったが、〔あいづ〕は存続、常磐線〔ひたち〕との共通運用になり、上野発着の最後の東北特急となった。
 翌1993(H5)年、上野~郡山間が廃止、上野から東北本線の黒磯以北へ直通する昼行特急は全廃となった。磐越西線内の残存区間内では愛称を〔ビバあいづ〕と改め、改装工事を行った専用の編成で運用された。しかし2003(H15)年には快速に格下げされ、磐越西線からは特急が消滅した。現在は主に、普通電車と共通運用の愛称がない快速電車が、新幹線と接続して会津地方と連絡している。
 磐越西線は観光資源が多く、様々な観光列車が運行されている。新津につながる西部の非電化区間では、1999(H11)年より、C57 180号牽引の〔SLばんえつ物語〕が運行を開始。客車の代替わりもあって、人気列車として定着している。東側は、719系を改造した観光列車「フルーティア」が、2015(H27)年より運行。車内では福島名産の果物を使ったスィーツが提供される。週末を中心に、定期列車に併結されて運行される(冬季は東北本線で運行)。
 一方、会津鉄道は1987(S62)年7月、特定地方交通線のJR会津線を転換して開業した第3セクター鉄道で、終点の会津高原(現会津高原尾瀬口)では、栃木県からの野岩鉄道と接続していた。野岩鉄道は東武鉄道と相互直通運転を行っており、快速電車を中心に、東武の快速急行〔おじか〕も運行されていたが、沿線の中心の会津田島へは、乗換を必要としていた。このため、交付金を財源として会津田島~会津高原間を電化、1990(H2)年10月より、野岩鉄道の列車の直通運転が行われている。この際、会津鉄道も6050系電車を用意したが、東武鉄道の同型と共通運用を行っている。
 会津鉄道でも観光列車として、国鉄型DCを改造した「トロッコ列車」〔会津浪漫号〕を、1999(H11)年より運行開始した。2010(H22)年には新車両AT-350形に置き換えられている。また、2001(H13)年には、野岩鉄道直通の快速〔AIZUマウントエクスプレス〕が運行を開始。当初は、名鉄の8500形を購入して運行したが、老朽化により、こちらも2010(H22)年に新車両AT-700系に置き換えられた。
 2005(H13)年には、快速の直通区間を東武鬼怒川線鬼怒川温泉まで延長し、JR只見線も含めて、会津若松~鬼怒川温泉間4社の直通運転となった。その後、東武の日光への観光輸送強化策に乗り、2012(H24)年には、一部列車はさらに東武日光まで運行区間を拡大する事になった。
 さらに、東武は新型特急車両「リバティ」500系を特急〔リバティ会津〕に投入、2005(H17)年の〔南会津〕廃止以来12年振りに、浅草からの優等列車が直通する事となった。会津鉄道では今後も、特に東武の観光輸送政策によって、運行形態の変化が起こる事も予想される。

中通りの私鉄・第3セクター鉄道
 福島交通の鉄道線は、1971(S46)年4月以降は飯坂線のみとなった。平成の世になった時点では、自社オリジナル車両と、元東急5000系が使用されていたが、1991(H3)年には、元東急7000系に統一されて置き換えられた。さらに2016(H28)年以降、再度元東急1000系に全車両が置き換えられている。飯坂線は平成の30年間で2度、元東急の車輌同士による総取り替えが行われた事になる。福島交通はバス事業が中心となっていたが、こちらも経営は不振で、2009(H21)年にみちのりホールディングの傘下に入っている。2013(H25)年には会津地方の会津乗合自動車も、同HDの傘下に入った。
 阿武隈急行は、福島と宮城県の梁川を結ぶ第3セクター鉄道で、元々は東北本線のバイパス線として建設が始まりながら、特定地方交通線に指定された旧丸森線区間を残して凍結された路線を、全線転換・建設して、1988(S63)年に全通していた。同時に電化も行われたが、国鉄→JR以外の普通鉄道では初の交流電化となった。当初は仙台及び郡山まで直通運転が行われており、福島県側はJR車両も阿武隈急行(富野まで)に直通していたが、2004(H16)年以降、福島県側の相互直通運転は取り止めになっている。2018(H30)年には全通・電化開業からも30年経ち、車両の老朽化が進んでいるため、間もなくJRのE721系をベースとした新車両への置き換えが始まる。資本の20%を福島交通が出資、福島駅のホームは福島交通飯坂線と共用している。

 データ編は次回、日曜日です。

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 JR北海道は今日、来春のダイヤ見直しについて発表しました。コロナ禍の影響で利用者が減少しているためとして、特急から札幌都市圏、ローカルまで幅広く減便・臨時化・減車になります。
 特急は、〔北斗〕は夜間の1往復を取りやめ(夜間作業の効率化も理由としている)、1往復は臨時化(年間30日程度は運休)。〔カムイ〕〔ライラック〕は2往復を臨時化(年間230日程度運休)、〔大雪〕2往復(年間50日程度運休)と〔サロベツ〕1往復(年間30日程度運休)は臨時化。〔北斗〕は通常7連、〔おおぞら〕は6連から、共に5連に減車。札幌都市圏も10本程度の「見直し」、10本程度は土休日は運休、函館本線(滝川~旭川間)・留萌本線・石北本線・宗谷本線(旭川~名寄間)・根室本線(滝川~新得間(代行バス区間も含むようだ))(新得~帯広間)も普通列車が減便になる模様。また利用が少ない36駅のうち、18駅が一気に廃止、残りは自治体に維持管理を移行するとしています(具体的な駅名は記されていない)。
 これにより列車の運行関係で約5億円、駅の維持管理で0.5億円で経費を節減できるという事です。
 元々厳しいJR北海道なのに、特に、相当数利用してくれていたインバウンドがいなくなってしまって、特急には打撃になっていたようです。確かに今年6月末には富良野にも行ったけれど、インバウンドをはじめとした観光客は、ほぼ見られませんでした。地元の日常の利用が希少なJR北海道にとっては痛かったでしょう。しかし、当然これは北海道に限った事ではなくなるはずで、現にJR九州は11月1日より特急の減便・運行区間の短縮を実施、またJR四国は既に今月から、深夜帯の普通列車の一部を運休にしている他、〔いしづち〕2往復の運行区間を短縮し、〔しおかぜ〕との併結を取りやめにしています。当然この両社でも3月以降、このダイヤが通常ダイヤとして固定化する事になるかも知れない。いや、もっと減便が深度化する可能性もあるでしょう。
 既にJR西日本が、来春からのアーバンネットワークの最終電車の繰り上げを発表しているし(コロナ禍ありきでなく、元々去年の内に予告されていたが)、JR東日本も今月中には首都圏の最終電車の繰り上げを発表する事になっています。当然この両社、さらにはJR東海まで含めて(〔南紀〕が11月から減車を行う)、来春には相当数の列車の減便・減車が予想されます。大手私鉄なども、有料特急や地方線区は減便があるかも知れません。国内需要は少しづつは回復傾向、といっても、新型コロナウィルス感染者数は不安定な増減を繰り返しているし、さらにインバウンドの訪日は、どうやら来年もあまり期待できないだろうと、覚悟せざるを得なくなっています。正式には12月中に発表になるはずだが、来春のダイヤ改正は、この数十年なかった、極めて憂鬱なものになりそうです。これが、日本の鉄道界の発展の、大きな妨げになってしまわなければ良いのだが。
 なお、JR北海道からはこれとは別に、年末年始時期の北海道新幹線の青函トンネル区間で12月31日~1月4日の5日間、午前中から昼過ぎ位の7往復で210km/h運転を行い、所要時間を3分短縮(〔はやぶさ7・13号〕は東京→新函館北斗間3時間55分)、また学園都市線(札沼線)あいの里公園~石狩太美間の新駅設置も、リリースされています。

 米ハワイ州は、日本からの観光客に対し、指定医療機関での検査で陰性が確認されれば、到着後の14日間の自主隔離は求めない方針を決め、今後日本側との調整を進める事になりました。今すぐ緩和というわけにはいかず、年末年始のシーズンに間に合えばいいが、という所だが、ちょうど1年前にハワイに行って、日本人を中心とした賑わいを目の当たりにしてきた身としては、ともかく朗報だと思う。ANAの「FLYING HONU」も、春以降はほとんど飛べず、日本国内の遊覧飛行で飛んだだけなのだが、意欲作だけに、一刻も早く、本来のハワイ路線で本領が発揮される事が期待されます。JALの「ARASHI HAWAI JET」も、そろそろ撮りに行きたいなあ(羽田でだけれど)。

《今日のニュースから》 カッコ書きは新型コロナウィルス感染関連
14日 林 真理子 同一雑誌エッセイ連載37年 ギネス世界記録に認定
(JR四国南伊予駅 開業記念式典 コロナ禍で7カ月遅れ)
15日 女子プロサッカーWEリーグ 参入11チーム決定
(インド ほぼ全ての経済活動再開)

 WEリーグ開幕時の11チームの顔触れは、全体的に東日本に偏っているかなあの印象があります。Jリーグのように全国津々浦々にクラブができる状況になる事が望まれます。リーグそのものを代表できるようなスーパースターが出てくれば良いと思う。カズのような。
 インドは「再開」、と言っているけれど、欧州はまた感染者数が急激に増えてきていて、フランスでは再び非常事態宣言が発出されました。日本も、今日の東京都の感染者数が300人近くになり、全然落ち着きがないのだけれど(9月の4連休の影響があるのではないか)、少なくとも、もう「緊急事態宣言」発出、なんて事態には、なって欲しくない。

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