№2313 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 12.埼玉県(1)

 平成の鉄道回顧、今回は埼玉県です。埼玉でなく東京都内のできごとも、かなり書きました。埼玉県内の輸送にも影響が大だったプロジェクトが、数多く展開されていたので。下の画像は、具体的にいつ、とは特定できないが、複々線化工事真っただ中の越谷で撮影した、東武8000系です。更新前で、「準急」も、今とは意味が違っていました(停車駅としては、今の「区間急行」と同じ)。

東武鉄道8000系.jpg

JR・大手私鉄 輸送力増強 直通運転広域化
秩父鉄道直通は西武にシフト


東武伊勢崎線 私鉄最長の複々線化完成
 関東の大手私鉄各社では、昭和の終わりから引き続き、輸送力増強策に邁進していた。特に東武の2大メインライン、伊勢崎線と東上線は、複々線化が埼玉県にまで及ぶ事になる。
 伊勢崎線は竹ノ塚までの複々線化が実現していたが、埼玉県東部まで開発が進む状況を受け、複々線区間の延伸が図られる事になった。昭和の終わりには県内の草加まで到達していたが、1997(H9)年には越谷まで、2001(H13)年には北越谷まで、連続立体交差事業と合わせた複々線化が完成、北千住~北越谷間18.9㎞の、私鉄では最長の複々線となった。北千住駅の構内の抜本的改良(地上線と地下鉄日比谷線ホームの上下分離)と合わせて、大幅な輸送力の増強が実現する事となる。
 当時の主力の準急は、ラッシュ時には10連運転を行っていたが、浅草駅の構内の制約から、曳舟で増結車両を切り離す措置を行っていた。このため1990(H3)年、暫定的に業平橋駅構内の貨物ヤード跡地を旅客線ホームに転用して10連の列車を発着させ、隣接する都営地下鉄浅草線押上駅と接続させる措置で、北千住経由日比谷線に集中する通勤旅客を分散させていた。1997(H9)年には新越谷に新規停車、JR武蔵野線との接続を改善している。
 2003(H15)年3月、押上~曳舟間の新線が開業、同時に押上まで開通した営団地下鉄(当時)半蔵門線を介して、東急田園都市線との相互直通運転を開始、都心への相互直通の2本目のルートが開通した。田園都市線の終点は神奈川県大和市にあり、途中川崎市西部・横浜市北部を経由する。業平橋駅の折返し列車用ホームは運用を終了、跡地には後に、東京スカイツリー及びスカイツリータウンが建設される事になる。
 2006(H18)年3月には大幅な運行形態の変更が行われ、半蔵門線直通列車が、在来の準急に取って代わり、伊勢崎線通勤輸送の主役となった。新たに急行(料金不要)が中心となって10分間隔の運転となり、それまでの南栗橋発着に加えて、貨物用地の跡地を利用してホームを整備した久喜の発着も、新規に設定された。
 一方で浅草発着は、伊勢崎や太田、新栃木方面への準急が主力だったが、2006(H18)年の運転形態の転換により、直通列車を補完する形態となった。南北の輸送量の差が大きくなってきた事もあり、伊勢崎線側は久喜で、日光線側は南栗橋で系統が分断される事となった。
 日比谷線直通は昭和の末期より、非冷房車の2000系から、ステンレス車20000系への置き換えが進められており、1992(H4)年8月に置き換えが完了した。混雑緩和のため、両端2両ずつを5ドアにした編成も現れたが、日比谷線内のホームドア設置計画を見据え、2017(H29)年より20m4ドアの70000系が導入され、20000系の置き換えが急ピッチで進められている。
 優等列車は、埼玉県内においては〔りょうもう〕の一部が加須・羽生に停車するのみで、ほぼ無縁の存在だった。しかし、日光の観光需要に陰りが見えてきた中で、埼玉県内からの利用を取り込むべく、1999(H11)年に日光線特急の一部の春日部停車を開始、2001(H13)年には全列車停車となった。また、特急に格上げされていた〔りょうもう〕は、2003(H15)年改正より、東武動物公園を停車駅に追加している。さらに2006(H18)年改正では、朝夕の列車が久喜に新規停車、2017(H29)年には全列車停車となった。着席通勤の需要が高まってきた事により、春日部発着の〔けごん〕、南栗橋行〔きりふり〕も設定されている。
 2017(H29)年3月、新特急車500系「リバティ」導入に合わせて特急の形態を一新、初の野田線直通〔アーバンパークライナー〕、春日部発着〔けごん〕を発展させた〔スカイツリーライナー〕を設定し、通勤・帰宅時の特急を整備している。「リバティ」は一部〔リバティりょうもう〕としても運用される。
 一方で、6050系を使用し、日光・鬼怒川方面への低廉な足として親しまれていた快速は徐々に本数を減らし、2017(H29)年改正では南栗橋以南の運行がなくなった。残存区間は急行・区間急行と改め、南栗橋で南部の列車からと接続する形態で運行を継続しているが、本数はさらに減少している。
 野田線は旧型車3000系や、日比谷線直通から転用された2080系などが使用されていたが、1992(H4)年には全車両が大型冷房車となった。各地で複線化が行われており、埼玉県内では、岩槻~東岩槻間が1999(H11)年、東岩槻~春日部間は2004(H16)年に複線化された。
 2013(H25)年には野田線初の新型車両60000系がデビュー。2017(H29)年3月のダイヤ改正では、大宮~春日部間の急行と、スカイツリーラインから直通、および大宮始発の特急〔アーバンパークライナー〕が新設された。

東武東上線 TJライナーと東急直通
 一方東上線は、伊勢崎線に先駆けて輸送力の増強が図られていて、1987(S62)年には和光市~志木間の複々線化が完成しており、地下鉄有楽町線との相互直通運転が始まっていた。1993(H5)年11月、ふじみ野駅が開業、当初から急行停車駅となり、緩急結合を行った。川越~小川町間は改正の度に増発が図られており、森林公園以遠の単線区間は、2002(H14)年に武蔵嵐山まで(同時につきの輪駅が開業)、2005(H17)年には嵐山信号場まで複線化が行われた。
 2008(H20)年6月改正では、着席帰宅の需要に応えるべく、座席定員制の新列車「TJライナー」の運行を開始。クロス/ロングシートに転換する新車両50090系を使用したもので、その後も改正毎に増発が重ねられ、後に他社でも運行される、同タイプの座席定員制列車の先鞭をつける事になった。特急(料金不要)は廃止、代わって快速急行が設定されている(特急は2019(H31)年3月改正で「川越特急」の名称で復活)。
 この改正では、東京メトロの有楽町線の別線として新線池袋まで開業していた路線が渋谷まで延長し、副都心線として開業、東上線からの直通列車も渋谷まで延長されている。さらに2013(H25)年、副都心線と東急東横線が直結、相互直通運転を開始した事で、直通列車は渋谷から東横線、さらにみなとみらい線の元町・中華街まで運行されるようになった。2016(H28)年より日中の副都心線直通は急行となり、全区間急行タイプの列車は「Fライナー」と呼称している。
 一方、小川町~寄居間と越生線では輸送量の減少により、8000系によるワンマン運転が行われている。一部の編成は旧塗装を復刻しており、かつての東上線最優等列車「フライング東上」を模した編成も存在していた。

西武 輸送力増強と特急の積極策
 所沢に本社を構える西武鉄道は、不動産や建設、レジャーなど多角的に経営を展開し、プロ野球球団まで保有する、全世界規模の企業グループの中核を担ってきた。しかし21世紀に入り、オーナーの不祥事や、外資系ファンドの買収画策など、経営上の危機に相次いで直面する事になる。これを契機に、企業グループの再編成を行い、西武鉄道は西武ホールディングスを持ち株会社とするグループの中核として位置づけられる事になった。同時に新シンボルマークを制定、以降、地域密着に軌道修正していく事になる。
 池袋線は、東京都内の練馬~石神井公園間の高架複々線化工事と共に、輸送力の増強が図られていたが、工事そのものは遅れていた。1998(H10)年3月、練馬駅高架化完成に合わせて地下鉄有楽町線との直通運転を開始。2001(H13)年には飯能付近に残っていた単線区間の複線化により、池袋~飯能間は全区間複線となった。
 複々線化は2003(H15)年に練馬高野台まで到達したが、石神井公園までの高架複々線化は大幅に遅れ、2012(H24)年12月であった。2013(H25)年3月、地下鉄副都心線と東急東横線が直結した事で、池袋線からの直通列車も東横線・さらにみなとみらい線の元町・中華街まで運行されるようになった。日中は快速急行が運行区間を変更し、増発して直通を行う。2016(H28)年からは、全区間急行タイプの列車は「Fライナー」と呼称している。
 さらに2017(H29)年より、座席定員制列車「S-TRAIN」の運行を開始している。座席転換機構を備えた40000系を使用しているが、土休日にも設定され、平日の通勤・帰宅需要対応に対し、土休日は西武秩父~元町・中華街間の運行があるなど、行楽客をターゲットにした運行となっているのが、この種の座席定員制列車の新しい方向性を示している。
 飯能~西武秩父間は、1989(H元)より開始した秩父鉄道直通に対応し、2ドアクロスシートの4000系がデビューしていた。休日には池袋にも乗り入れ、直通の快速急行運用に運用されている。2002(H14)年にはワンマン化改造を行った。2016(H28)年には1編成がレストラン列車「52席の至福」に改造され、主に池袋・西武新宿と秩父を結ぶツアー専用列車として運行されている。
「レッドアロー」の愛称で親しまれていた特急は、1993(H5)年より新車両10000系に置き換えられていった。通勤の需要への対応と、居住性の向上を兼ねて、それまでの5000系から1両増車した7連となった。特急は増発が重ねられ、日中は〔ちちぶ〕が60分間隔にまで、朝夕の池袋~飯能間は〔むさし〕も交えて30分間隔にまで増発、朝ラッシュ時には最少10分間隔で池袋へ向かう。1993(H5)年には入間市に新規停車(一部を除く)、1998(H10)年には芦ヶ久保停車を横瀬に変更した(芦ヶ久保は時期によって一部が臨時停車)。2019(H31)年3月には新特急車001系「Laview」がデビュー、以降10000系を置き換えて行く。
 新宿線の特急は、休日に秩父直通の〔おくちちぶ〕と、間合いの〔むさし〕が運行されるのみだったが、10000系デビューの1993(H5)年、新たに西武新宿~本川越間〔小江戸〕の運行が始まった。その後も増発が重ねられ、日中は60分間隔、朝夕は30分間隔にまで増発されている。朝ラッシュ時に10分間隔で西武新宿へ向かう。〔おくちちぶ〕は廃止になった。
 通勤列車は、朝ラッシュ時に停車駅が異なっていた急行は通勤急行となり、1998(H10)年には日中に快速急行が設定された。また、国分寺線からの直通も始まっている。その後、通勤急行は停車駅の追加により再び急行となり、快速急行は停車駅追加の後、2012(H24)年に取り止めとなった。なお、1990年台には都内の西武新宿~上石神井間に複々線化の計画があり、運賃 の加算が行われていたが、のちに計画は取りやめとなり、加算運賃の還元が行われている。
 西武秩父線の開業の目的には、武甲山からの石灰石の輸送もあり、E851形による貨物列車が運行されていた。しかし、1996(H8)年に同輸送が終了して創業以来の貨物輸送は全廃、E851形はJR12系客車を牽引する臨時列車で花道を飾った。長らく自社の鉄道車両を製造してきた所沢工場は、1999(H11)年に車輌製造を終了、工場機能を武蔵丘に移転して、閉鎖された。

平成開業の新鉄道
 埼玉高速鉄道は、2001(H13)年3月、地下鉄南北線を延長する形で開業した。JR京浜東北線と東武伊勢崎線の間の、旧鳩ヶ谷市などの鉄道の空白域を埋める形で路線が延び、武蔵野線との接続駅の東川口を経て、同年オープンの埼玉スタジアムに隣接する、浦和美園駅を終点とする。開業の翌年に開催されたサッカーW杯でも、同スタジアムへのメインアクセスとなった。開業当初よりホームドア完備のワンマン運転で、南北線及び東急目黒線との相互直通運転を行っている。
 2005(H17)年8月に開業したつくばエクスプレスは、県内では他鉄道との接続はないが、特に鉄道がなかった八潮市にとっては、都心に直結する、待望の新路線となった。八潮駅の2017(H29)年の乗降人員は全体の6位で、快速が停車しない駅では一番多い。

JR二大幹線 通勤鉄道への変貌
 東北本線は、新幹線開業後も特急〔つばさ〕〔あいづ〕が残存していたが、〔つばさ〕は山形新幹線開業に伴い1992(H4)年に、〔あいづ〕も翌1993(H5)年に廃止となった。〔新特急なすの〕は東北新幹線〔なすの〕設定に伴い、〔おはようとちぎ〕〔ホームタウンとちぎ〕と愛称が代わった後、2010(H22)年3月改正で廃止となった。一方、JR⇔東武相互直通特急が2006(H18)年3月より運行を開始、東武は100系「スペーシア」が使用され、大宮で野田線と顔を合わせるシーンが見られるようになった。夜行列車は北海道新幹線開業による〔カシオペア〕廃止で全廃となり、かつての特急街道は見る影もない。
 高崎線は、上越新幹線開業後は〔あさま〕が主役となり、金沢直通の〔白山〕の他、近距離の〔新特急谷川〕〔新特急草津〕〔新特急あかぎ〕が設定されていた。〔あさま〕〔白山〕は長野行新幹線(現北陸新幹線)開業により廃止、名称を改めた〔草津〕〔あかぎ〕は残存、2014(H26)年には〔スーパーひたち〕から転用の651系に置き換えられた。〔あかぎ〕は、平日は全席指定の〔スワローあかぎ〕となり、新しい着席サービスが提供されている。
 上越新幹線は、特に東京~高崎間の需要が旺盛で、増発やE4系などの導入が行われ、輸送力の増強が図られていった。2004(H16)年3月には、本庄早稲田駅が開業している。
 特急の削減・廃止により、東北本線(1990(H2)年より宇都宮線と呼称)・高崎線は共に、一般の普通列車の充実が図られていった。2001(H13)年12月、湘南新宿ラインの運行が開始。池袋折返しを延長し、新宿経由で東海道線・横須賀線へ直通させるサービスだが、当初は運行本数が少なく、運行時間帯も限られたものだった。車両も211系に115系を交えた運用が行われていた。しかし池袋駅付近の改良工事が完成した2004(H16)年改正では、全列車がE231系に統一され、運行本数・時間帯も大幅に拡充される事になった。同時に、上野口の運用に残る211系共々、グリーン車が連結されるようになった。
 さらに2015(H27)年には上野~東京間の上野東京ラインも開業し、上野・東京経由で東海道線への直通運転も始まっている。211系は全て引退し他地域へ転用、代わってE233系が導入され、E231系と共通で運用されている。
 この結果、埼玉県内からはJRの上野東京ライン・湘南新宿ライン、東武スカイツリーライン~東急田園都市線、東武東上線・西武池袋線~東急東横線・みなとみらい線、埼玉高速鉄道~東急目黒線と、5つの鉄道ルートが東京の都心を経由し、その全てが神奈川県へ直通する、広域の相互直通ネットワークが形成される事になった。
 京浜東北線と埼京線は共に、国鉄時代からの103系で平成の世を迎えた。京浜東北線は一部に205系も導入されたが、1993(H5)年には、後のJR東日本の通勤車の基礎となる209系が導入され、京浜東北線全車両を置き換えて行った。比較的早期の置き換えを想定していたが、2010(H22)年まで運用、その後E233系に置き換えられ、大半は改造の上、房総地区に転用されていった。
 埼京線は、山手貨物線の旅客線転用により、新宿発着が1996(H8)年に恵比寿、2002(H14)年には大崎まで延長された。この時点でりんかい線と接続し、新木場まで相互直通運転を開始している。車両は平成の世になってすぐに205系への置き換えが行われた。首都圏でも随一の混雑路線であり、6ドア車2両を連結していた。2013(H25)年より、こちらもE233系への再度の置き換えが行われている。
 川越線は1985(S60)年に電化開業していたが、川越を境に大宮側は埼京線へ直通、高麗川側は103系の折返し運転が行われていた(当初は大宮直通の運行もあった)。八高線の南部区間、八王子~高麗川間が電化されると運転形態が変わり、八王子~川越間の直通運転が中心となった。車両は後に209系、さらに山手線から玉突き転用のE231系への置き換えが進められている。
 武蔵野線は、首都圏の外環状線として重要度が増しつつあり、ダイヤ改正の度に増発が重ねられていった。また、特に南浦和より東は開発が進展し、新駅も開業している。大半の列車が西船橋から京葉線に直通している。旅客営業開始当初からの101系・103系と共に、京葉線と同様の正面デザインの205系が導入されており、後に山手線から転用された205系(VVVF改造車)が追加導入され、101・103系を置き換えて行った。現在、再度山手線から転用のE231系が、205系を置き換えて行く事になる。この他、大宮で新幹線に接続する快速〔しもうさ〕〔むさしの〕が朝夕に設定されている他、首都圏の行楽地へ向かう臨時列車の通過も多い。
 八高線は、南部の八王子~高麗川間が1996(H8)年に電化、川越線への直通に加え、朝夕には東京から、中央線快速の乗り入れも行なわれるようになった。一方非電化で残る北部は、国鉄形のキハ30系やキハ38形がキハ110系に置き換えられられている。同区間は、埼玉県内の旅客鉄道路線では唯一の非電化路線となった。ワンマン運転を実施している。

「ニューシャトル」と秩父鉄道
 大宮を発着する埼玉新都市交通(ニューシャトル)は、新幹線建設の見返りとして開業した経緯がある。全線が上越新幹線の高架線に並行する。最終区間の羽貫~内宿間が開業したのは、1990(H2)年8月2日になってであった。
 秩父鉄道は、平成の世が始まった時点では、休日に東武東上線からの特急やJR高崎線からの普通列車の直通運転があったが、1989(H元)4月1日、西武秩父駅構内との連絡線が開通し、西武秩父線からの直通運転が始まった。西武4000系電車が三峰口と上長瀞(一時は寄居)まで直通、土休日には池袋から快速急行として乗り入れてくる。東武からの直通は翌年に廃止、JRからの直通も2001(H13)年を最後に取りやめとなった。
 1988(S63)年から運行されているSL列車「パレオエクスプレス」は、吹上市内の小学校に静態保存されていたC58 181号を復元し、土休日を中心に運行、「首都圏から最も近いSL列車」をアピールしている。当初の旧型客車は、2000(H12)年よりJRから購入の12系客車に置き換えられている。また、貨物牽引用のEL牽引による運行も行われている。在来の列車は、1992(H4)年の3000系(元JR165系)による急行〔秩父路〕置き換えにより、自社オリジナル車両が消滅した。〔秩父路〕は2006(H18)年、元西武101系の6000系に再度置き換えられている。また、旧国鉄101系の1000系も、東急からの譲渡車両により、2013(H25)年に全車両が引退した。末期は旧国電各路線のラインカラーなどを復刻した編成が人気を集めた。
 秩父鉄道では旅客輸送と共に、武甲山の石灰石輸送もさかんだったが、セメント輸送は2006(H18)年に終了、石灰石輸送が引き続き行われている。秩父を舞台にしたアニメの放映で観光客が増加しており、今後も秩父鉄道では地域輸送の他、観光輸送にも力が入ると思われる。

鉄道博物館 開館
 2007(H19)年10月14日、大宮に鉄道博物館が開館した。神田の交通博物館が移転したもので、敷地面積は鉄道博物館時代の約8倍、保存車両数は4倍となり、日本最大級の鉄道の博物館として、新しい観光スポットとしての賑わいも見せている。最寄りのニューシャトル大成駅は、博物館開館にあわせて拡張・リニューアルを行い、鉄道博物館駅と改称した。

次回はデータ編です。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


《今日のニュースから》
21日 バスケ女子Wリーグプレーオフ トヨタ自動車初優勝
(宮城県 緊急対策会議 仙台市全域の飲食店に時短要請)

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