№2322 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 13.東京都(2)

 平成の鉄道回顧・東京都編、2回目はJRが中心になります。さすがに日本の首都だけあって、通勤電車も常に、最新鋭車両が優先して導入されていきます。山手線など、平成の30年の間に2度置き換えがあった路線も、少なくありません。大手私鉄は複々線化などの輸送力増強に追われる日々が続くが、JRに関しては、質的な改善が進められた、という所でしょうか。一方長距離列車は、新幹線への転移や航空・高速バスとの競争もあり、在来線に関しては、ネットワークが縮小していきます。

E231系山手線 20110815.jpg


最新鋭車両を導入 山手線と京浜東北線
 山手線は、205系への置き換えが昭和末期に完了した後、1990(H2)年には乗降時間短縮を狙い、6ドア車両が試作された。ラッシュ時に座席を折りたたんで全て立ち席とする構造は、デビュー時には批判もあったが、翌年には量産車が製造され、各編成に2両ずつ組み込み、山手線は11両編成となって、結果的に輸送力の増強につながった。2002(H14)年にデビューした後継車両E231系500番台にも受け継がれた他、中央・総武線各駅停車や、埼京線・横浜線にも波及している。多扉の思想は、地下鉄日比谷線や、東急田園都市線、京王線にも波及した。
 転機となったのは、2001(H13)年1月に発生した、新大久保駅の転落事故である。ホームドアの整備を鉄道各社に強力に求めるきっかけとなり、ホームドアに適合できない多扉車は、一転して置き換えの対象となる。山手線では、埼京線延伸・湘南新宿ラインの開業による輸送の分散もあり、6ドア車は2010(H22)年以降、通常の4ドア車に置き換えられていった。埼京線や横浜線でも、E233系への置き換えと共に6ドア車の運行が終了、平成末期には、中央・総武線各駅停車のE231系のみとなっていた。山手線には2015(H27)年より、E235系が導入されて、E231系の置き換えが続けられている。
 一方、引き続き103系が使用されていた京浜東北線には、1992(H4)年にVVVF制御の試作車901系が導入され、試験結果を見て、1993(H5)年に量産車209系がデビューした。JR東日本初の量産型VVVF通勤車で、「寿命半分・価格半分・重量半分」の設計思想の下、鉄道車両の設計思想を大きく変える事になる。実際には想定より長期間使用された後、E233系に置き換えられ、大半は房総地域に異動していった。

郊外へ拡大 JRネットワーク
 国鉄時代末期から工事が続けられていた京葉線は、1990(H2)年3月10日に新木場~東京間が開業、全通した。東京は本駅から遠く離れた、鍛冶橋に近い地下駅に発着、長大な地下通路で連絡している。開業と同時に快速の運転が始まった他、特急〔さざなみ〕〔わかしお〕が京葉線経由に変更になった。東京ディズニーランドなどの行楽地がある事から、開業当初は急行形改造の「シャトルマイハマ」が運行された他、近郊各地からの臨時列車の発着も多い。
 横須賀・総武快速線では、1991(H3)年3月の成田空港ターミナル新線の開業に合わせ、特急〔成田エクスプレス〕の運行が始まった。新宿方面行と横浜方面直通を併結し、東京で分割・併合を行う列車が大半である。113系が使用されていた快速は、1994(H6)年より、普通車を4ドアとしたE217系に置き換えられていった。
 新宿まで開業していた埼京線は、山手貨物線の旅客化の進捗に伴い、1996(H8)年に恵比寿まで、2002(H14)年には大崎まで到達し、りんかい線との相互直通運転を開始した。首都圏でも有数の混雑路線となり、205系時代には6ドア車の連結も行われていた。JR東日本で初めて、車内に防犯カメラが取り付けられた路線でもある。
 また、埼京線と共用する形で、東海道本線・横須賀線と宇都宮線(東北本線)・高崎線を直通する湘南新宿ラインの運行が、2001(H13)年12月に始まった。当初は本数も少なく、横須賀線E217系や、ライナー用215系の新宿折返し運用が設定されていたが、2004(H16)年には、新宿・池袋の改良工事の完成により、運行時間帯・本数共に大幅に拡充されている。車両も4ドア一般型のE231系に統一された。これを機に、宇都宮線・高崎線では、グリーン車のサービスも始まっている。
 一方、東北縦貫線の名称で東京~上野間に建設された高架線を経由する上野東京ライン、も2015(H27)年3月に開業、東京経由で東海道本線と宇都宮線・高崎線を直通するルートが確立した。上野東京ラインでは特急〔ひたち〕〔ときわ〕や、常磐線通勤列車も、一部が品川まで直通する。
 中央線快速は、小金井市内・国立市内の連続立体交差工事の進捗により、東小金井、国立両駅に待避線が増設され、快速運転の増強が図られた。長らく中央線の顔だった「省エネ電車」201系は、2006(H8)年より導入が始まったE233系に順次置き換えられ、2010(H22)年に中央線快速から退役した。E233系には2022(R4)年をメドにグリーン車を増結する事になっており、準備工事が始まっている。
 全線非電化だった八高線は、1996(H8)年に八王子~高麗川間が電化、高麗川で系統を分断し、八王子側は川越線と直通運転を開始した。ラッシュ時には中央快速線からの直通列車も設定されている。八高線の電化で、東京都内の旅客営業鉄道路線は全て電化された。
 近年は南武線・横浜線・武蔵野線など首都圏の外周部の路線を「東京メガループ」と称し、サービスの向上が図られている。横浜線では快速が20分間隔にまで増発された他、1991(H3)年からは、電化された相模線列車の一部が、八王子まで直通運転を行っている。一方で185系によって運行されていた臨時特急〔はまかいじ〕は、2019(H31)年3月改正を持って運行を終了した。
 南武線では2011(H23)年に神奈川県内の区間で快速が復活。その後稲城市内の連続立体化の進捗に合わせて快速運転区間を拡大、2015(H27)年3月改正で、全線における快速運転が実現した。両路線とも、国鉄時代は他線区からの転用車両が使用されていたが、民営化以降は、新車両が直接投入されるようになっている。この事も、外周部路線の地位の向上を物語っている。

明と暗 新幹線と在来線特急列車
 東北・上越新幹線は御徒町の工事現場の陥没事故により、当初の計画より2年遅れた1991(H3)年6月、上野から東京へ到達した。開業当時の東京駅は1面2線のみで、臨時列車は引き続き上野発着になった。その後1997(H9)10月の長野新幹線開業に備えてホームの増設が行われたが、南北の駅舎に挟まれて拡張のスペースがなく、在来線ホームを北側にずらす事でスペースを確保、中央快速線ホームは、新たに3階部に建設して移転する重層化が行われた。
 JR東海が運営する東海道新幹線では、2003(H15)年10月、品川駅が開業した。同時に裏口のイメージが強かった東口の開発が一気に進み、港南口として急速に発展を見る事になる。当初は一部通過列車もあったが、2008(H10)年の改正で、全列車停車となった。2016(H28)年度の乗車人員は約35,000人を数えている。また新幹線の他、港南口の再開発に京急線羽田空港直結などもあり、JR東日本の品川駅も乗降客が増加、2016(H28)年度には渋谷駅を追い抜き、JR東日本の都内の駅では、新宿・池袋・東京に次ぐ第4位のターミナルに躍進した。品川駅構内では現在もJR東日本による改良工事が続けられており、リニア中央新幹線の始発駅ともなる事から、今後も大きく伸びる事が予想される。
 新幹線の影で、東京・上野を発着する長距離列車は衰退を重ねた。東北特急の始発駅だった上野は、1993(H5)年の〔あいづ〕廃止で、東北行の昼行特急は、常磐線〔ひたち〕を除いて全廃。夜行列車も東北行は、2014(H27)年の〔あけぼの〕が最後になった。そして2016(H28)年の北海道新幹線開業によって〔カシオペア〕が廃止となり、既に北陸方面への夜行は全て消滅していたから、上野からの夜行列車は全て廃止となった。かつての北へのターミナルは、ダイヤ面では見る影もない。一方で駅舎は、1932(S7)年以来の現行の建築を活かしつつ、2002(H14)年にリニューアルオープンした。
 東京駅も東海道・山陽本線を走るブルートレインは1990年代以降衰退、1994(H6)の〔みずほ〕〔あさかぜ〕削減に始まり、それ以降も縮小を重ねていく。1998(H10)年には電車寝台特急〔サンライズ瀬戸・出雲〕運行開始の明るい話題もあったが、2009(H21)年の〔はやぶさ・富士〕廃止で、東京からもブルートレインが全て姿を消した。寝台急行〔銀河〕も廃止になり、夜行普通列車〔ムーンライトながら〕も、期間を限定して運行する臨時列車のみとなった。東京発着の特急は、伊豆方面行〔踊り子〕が中心である。
 この結果、かつて多数の長距離列車を牽引するELとブルートレインを多数配置していた東京車両区と、湘南電車の基地となっていた田町電車区は揃って廃止となり、配置車両は各地へ散っていった。跡地は高輪再開発事業の用地となり、アクセスとして、山手線・京浜東北線の新駅の建設が着手された。駅名は事前の公募により「高輪ゲートウェイ」となり、2020(R2)年の開業を目指した。

ライナー列車隆盛
 料金と引き換えに着席しての通勤・帰宅を保証する「ライナー列車」は、昭和の後期、小田急ロマンスカーの回送車両を、新宿~町田間で客扱いした事が始祖とされる。その後、京成のスカイライナー車両を利用した〔モーニングライナー〕〔イブニングライナー〕、京急のクロスシート車を活用した〔ウィング号〕が始まり、JR東日本でも、国鉄時代末期に上野~大宮間の特急車の回送車両を使用したライナー列車の運行が始まり、その後、他路線にも広がっていく。この他、元から有料特急を運行する東武(伊勢崎線)、西武でも、夜間にはライナー的な短区間の特急の利用が増えてきた。元祖格の小田急でも、増発や運行区間の延長、停車駅の増設や接続改善などが行われている。
 ライナー列車は、純粋な通勤車のみを使用する路線では、期待はされても実現は難しいと思われていた。その中、2008(H20)年6月にスタートした東武東上線〔TJライナー〕は、ライナー列車の新しい形態として注目された。車両そのものは通常の4ドア通勤車形態ながら、座席は、混雑時にはサイドシート形態、閑散時にはクロスシート形態に転換できるようになっており、クロスシート形態時に、有料のライナー列車として運用するものである。当初の夕刻下り60分間隔は、好評の内に増発を重ねて30分間隔運転となり、2016(H28)年にはオフピーク時間帯の上りにも設定される、ヒット商品となった。
〔TJライナー〕の成功をきっかけに、他の私鉄でもライナー列車新設の動きが広がる。純粋なロングシート通勤車のみが存在していた京王では、(新)5000系導入により、2018(H30)年2月より、〔京王ライナー〕の運行を開始した。朝夕の通勤時の他、行楽シーズンには高尾発着の臨時有料列車としても運行される。既に西武編成による〔S-TRAIN〕が土休日のみ運行されていた東急でも、同年12月に大井町線で「Q-SEAT」サービスを開始した。7連に増結された急行のうちの1両を、座席指定車両として運用する形態である。この結果、東京都内に路線がある大手私鉄は全て、自社車両による有料の列車が運行される事になった。
 JRでは、中央本線で〔中央ライナー〕〔青梅ライナー〕を運行していたが、2019(H31)年3月改正で中央本線特急がE353系に統一されたの機に、全車指定席の特急〔はちおうじ〕〔おうめ〕に発展した。東京都内のみで完結するJRの特急は初めてである。一方で宇都宮線や高崎線、横須賀線、総武快速線のライナー列車は全て廃止となった。また、高速バスとの競争に敗れた〔さざなみ〕が実質ライナー列車化するなど、JRのライナー列車は、特急化をメインに、資源を集中する方向に向かう。

赤レンガ駅舎 復元完成
2012(H24)年10月、東京駅丸ノ内の「赤レンガ駅舎」を、大正時代の創建時の姿に復元する工事が完成した。ステーションホテルの再開や、新しいエキナカのオープンもあり、新しい観光名所ともなっている。八重洲口も面目を一新、駅前は高速バスターミナルとして整備された。一方、神田の交通博物館は2006(H18)年に閉館、大宮に移転していった。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 次回は東京都のデータ編となるが、都合により、金曜日に更新します。また、通常土曜日更新の、首都圏の鉄道・バスの新型コロナウィルス対策等のまとめは、日曜日とします。来週火曜日から、本来の更新パターンに戻る予定です。

《今日のニュースから》
 5日 千葉県 熊谷新知事 初登庁
(しまむら 最終利益前年より倍増 「巣ごもり」需要増加)
 6日 松戸市 女児殺害事件 検察 上告断念
(北朝鮮 東京オリンピック不参加表明 コロナ禍理由)

 大阪府の新型コロナウィルス感染者の数が719人に達し、過去最多となりました。東京都(399人)・神奈川県(100人)・埼玉県(116人)・千葉県(62人)の首都圏一都三県の合計(677人)を上回る事になります。彼の地でどういう事が起きているかを目の当たりにしているわけではないから、軽々しくどうのこうのとは言えないが、正直ビックリというか、不気味です。今回はJRを中心に書いたが、JR東日本は昨年度の収入が対2018(H30)年度比でほぼ半減だそうで、とにかくコロナ禍自体がどうにかならないと、交通事業者はどうにもなりません。今後は関西を中心とした西日本の事業者にも、かなりの悪影響が出る事が予想されます。

この記事へのコメント