№1530 思い出の海外旅行クロニクル 23.2004年アイルランド 6

 出発前に犯したチョンボに気づかなかったおかげで、帰国が1日遅れる事となりました。退社直前の年休消化期間で、出勤とか考えなくて済んでいるのは幸いだったが。  ANAの欧州路線も大分利用しているが、LHと提携している事もあってほとんど全てがフランクフルト便、それ以外の欧州路線は、今の所このパリ発成田行の1回のみです。 2004年 6月19日(土)  6時前、ホテルの窓から外を…

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№1529 思い出の海外旅行クロニクル 23.2004年アイルランド 5

 アイルランドの「クロニクル」を続けます。ただしアイルランドの鉄道はもう終わっているのだけれど。  ロスレアからウェールズのフィッシュガードへの航路は8年前にも乗っていました。ただあの時は本来予定していたフランスへの航路に乗れなくなり、急遽ルートを変更して乗船したものでした。  今回は最初から、この航路を組み込み、イギリス経由でパリへ向かうルートを設定しました。前回書いた通り、本来は8年…

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№1527 思い出の海外旅行クロニクル 23.2004年アイルランド 4

 アイルランドがあるアイルランド島は、北部はイギリス(Uneted Kingdom)に属する北アイルランドです。アイルランドと北アイルランドをまたぐ列車は「国際列車」という事になります。ダブリンから日帰りで北アイルランドも訪ねてみました。  翌日は早くもアイルランドは最終日となります。8年前と同様、ロスレアから船で渡るプラン、だったのだが…。 2004年 6月15日(火)  ダ…

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№1526 思い出の海外旅行クロニクル 23.2004年アイルランド 3

 アイルランドの鉄道は基本的に、ダブリンから放射状に幹線が延びる一極集中です。この日はリメリックから北部のウェストポートに向かうが、直接両地点を結ぶ鉄道路線はなく、回り道をする必要がありました。  翌日はゴールウェイ経由でダブリンに戻るが、アイルランドらしからぬ?快晴の元、空港脇の空き地からアイルランドの旅客機を撮りまくりました。 2004年 6月13日(日)  B&Bで豪華な…

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№1525 思い出の海外旅行クロニクル 23.2004年アイルランド 2

 1回お休みしたが、アイルランドの旅の「クロニクル」、続けます。3日目にして、ようやく鉄道が出てきます。 2004年 6月11日(金)  本来は前日の内に乗る予定だったコーク行インターシティ、YHの朝食も取らずに、ヒューストン駅7時10分発に乗る事になります。駅までテクテク歩いて行きます。  ヒューストン駅のホームに停車中のインターシティ。客車は「シティゴールド」1両、…

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№1523 思い出の海外旅行クロニクル 23.2004年アイルランド 1

 2004(H16)年5月は、私の人生にとって一大転機となりました。  高卒直後に入社、20年近く勤めてきた鉄道会社を、退社する事になったのです。  理由は…あまり言いたくはないが…決して不正・不祥事による懲戒処分ではないですよ!…、まあ、私の至らない部分が、会社にそぐわなくなってしまった、という所でしょう。これ以降今日に至るまで、私の人生はアッチ行ったりコッチ戻ったりと、フラフラ不安定な時…

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№1513 思い出の海外旅行クロニクル 22.2003年ハンガリー 6<終>

 2003(H15)年のハンガリー旅行、最後にハプニングはあったものの、大きなトラブルはなく、無事に終わりました。  最終回はいつもの通り、ハンガリーの鉄道車両と、ブダペスト市内の三大ターミナルの画像をご覧頂きます。またいつもの通り、当時感じたハンガリーの鉄道の印象と、ハンガリーそのもののパーソナルデータを記して、完結とします。  ハンガリーの基幹鉄道事業者、ハンガリー鉄道(M&Aa…

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№1512 思い出の海外旅行クロニクル 22.2003年ハンガリー 5

 熊本地震で亡くなられた方々にはお悔みを、被害に遭われた方々にはお見舞いを申し上げます。  益城町は去年、熊本市営バスのお別れに関連して、植木市会場行の臨時バスに乗って行った事がありました。熊本市の郊外で、のんびりしたイメージがあったのだが。  九州新幹線は線路等の損害はなさそうだが、脱線した回送車両の復旧には相当な日数がかかるそう。高速道路の方も時間がかかりそうで、高速バスも長期の運休を余…

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№1511 思い出の海外旅行クロニクル 22.2003年ハンガリー 4

 他の国の首都と同様、ブダペストもまた多彩な乗り物が中心部、そして郊外を網羅しています。2日間かけて乗り歩きました。市電に地下鉄、バス、郊外電車、登山電車、そして、旧共産圏ならではの鉄道がありました。 2003年11月26日(水)  今回購入・利用した「三日乗車券」(前日購入)。1950HUF(≒975円)で、日本人の感覚ではかなり割安です。  当時のブダペストの地…

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№1510 思い出の海外旅行クロニクル 22.2003年ハンガリー 3

 オーストリアとの国境に近いショプロンと、琵琶湖よりは一回り小さいバラトン湖、2日かけてこの2ヶ所を巡る鉄道に乗ります。 2003年11月24日(月)  9時半前の列車で出発すればよいので7時くらいまで寝ていれば良いとは思っていたけれど、目覚ましの時計のセットを忘れて、30分は寝坊してしまいました。  中央広場。また例によって霧が濃い。ハンガリーに来てから、朝は必ず霧が…

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№1509 思い出の海外旅行クロニクル 22.2003年ハンガリー 2

 ハンガリーの北東部にあるミシュコルツは、7年前の1996(H8)年10月に訪れていて、駅前から出発する市電も見ています。ただ、あの時はブダペストからのとんぼ返りで終わってしまっていて、乗る機会を作れませんでした。今回は時間を作って、しっかり乗ります。それに、ハンガリー全土にある「農園鉄道」なる軽便鉄道もあるようなので、これも楽しみ。  翌日は南部周遊の後、オーストリアとの国境の街・ショプ…

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№1508 思い出の海外旅行クロニクル 22.2003年ハンガリー 1

「思い出の海外旅行クロニクル」、今回は2003(H15)年11月のハンガリー旅行について、6回に分けて書きます。  ハンガリーは、当時のユーレイルパス通用17ヶ国で唯一の、旧共産圏の国家です。ここには過去2回、1996(H18)年と翌1997(H19)年に訪れているが、どちらも他国から来て、わずかな期間過ごしたにすぎません。今回はある程度日数を取って、全てとはいかないが、あちらこちら鉄道で…

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№1485 思い出の海外旅行クロニクル 21.2003年デンマーク 7<終>

 足かけ2ヶ月かかってしまった2003(H15)年5月のデンマーク旅行、今回は後半にノルウェーも加えた実質2部構成になったが、最終回はデンマークの鉄道の印象、デンマークそのもののパーソナルデータを記して、完結とします。  デンマークの基幹鉄道事業者、デンマーク国鉄(DSB=Danske Statsbaner)のシンボルマーク。  今回、この場でご覧頂く車両はこの1枚だけになり…

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№1484 思い出の海外旅行クロニクル 21.2003年デンマーク 6

 長い旅になったが、帰国の途に就きます。SKとANAを、フランクフルトで乗り継いで帰ります。 2003年 5月19日(月)  前の年は到着に降り立ったガーデモエン空港から、今回は帰国で立ちます。  出発は午後なので、オスロ市内を軽く回ってみました。  王宮。手前にカール・ヨハンの像。  オスロ中央駅。  中央駅ホームに並ぶ高速列車。左は昨年乗っ…

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№1483 思い出の海外旅行クロニクル 21.2003年デンマーク 5

 タイトルとは違ってしまうが、今回の旅の第2部、ノルウェーの旅が続きます。前年にも来たばかりだったが、あの時は自らのチョンボで置き引きにあってしまって、せっかくの旅の記録を収めたフィルムを失ってしまいました。無論、その時と全く同じ旅を繰り返すなんてできない事は解りきっているけれど、それでもやはり、はっきりした記録(私の場合、9割方は写真)を残しておきたかったのです。もう一度行かないと、何か心残り…

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№1482 思い出の海外旅行クロニクル 21.2003年デンマーク 4

 1ヶ月近く間を空けてしまったが、2003(H15)年5月のデンマーク旅行のクロニクル、再開します。  この旅では、その前の年にチョンボで台無しにしてしまった、2002(H14)年のノルウェーの旅をやり直して、はっきりした記録を残しておく事も目的としていました。  前回はオーフスまで夜行で往復して宿代をケチろう、とした所まで書きました。今回はデンマークの路線をもう少し乗った後、ストア海峡…

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№1469 思い出の海外旅行クロニクル 21.2003年デンマーク 3

 ユトランド半島の南西部に位置するリーベは北欧で最も古い町の一つ、だそうで、夜景でも有名です。リーベの宿泊をはさんで、ユトランド半島のローカル線を乗り歩きます。 2003年 5月13日(火)  カストラップ空港駅から出発する夜行ICは、フレデリクスハウンの他、エスビアとストルーアへ行くユニットを交えた3階建て。コペンハーゲン中央で進行方向が変わる。座席車だが、検札の後はひたすら眠…

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№1468 思い出の海外旅行クロニクル 21.2003年デンマーク 2

 コペンハーゲンを基点として、シェラン島北部の近郊電車とローカル線を乗り歩きます。ユニークな電車が走っていました。  翌日はIC3でユトランド半島に渡ります。 2003年 5月11日(日)  近郊電車「Sトーク」が発着する、ノアポート駅。  新型近郊電車は「X31系」というの?ヘルシンオアからコペンハーゲン、カストラップ空港を経由してスウェーデンに渡り、マルメから…

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№1467 思い出の海外旅行クロニクル 21.2003年デンマーク 1

 何度も先延ばしを繰り返してしまったが、「思い出の海外旅行」、今回は2003(H15)年5月のデンマークです。  デンマークとしたのは理由があって、本当はこの時期の旅は、違う国を考えていました。しかし、1年前の2002(H12)年、ノルウェーで置き引きに遭う大失敗してしまっていて、自ら旅を台無しにしてしまっていました。無論同じ旅を繰り返す後戻りが出来ないのは解りきっているけれど、それでもせ…

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№1450 思い出のトライジェット搭乗記 2.JAL DC-10-40

 航空趣味にはまりだして約4年となった1996(H8)年。旅客機に乗る機会は増えていたが、まだ乗った事がない機種が、羽田に発着する中でもまだ残っていました。その内の一つがDC-10でした。長崎への遠征の往路で、DC-10のフライトを選んで乗る事となります。2月26日の事でした。  DC-10とは直接関係ないが、この日の羽田の朝。A滑走路R/W34(現34L)から離陸しようとする機体…

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№1449 思い出のトライジェット搭乗記 1.ANA L-1011トライスター

 №1446で、3発ジェット旅客機について取り上げました。  私は、マクドネル・ダグラスMD-11は6回搭乗した事があり、JALの4回は№894・№929・№957・№1372で、旧スイス航空の2回は№1157・№1340で書いています。  また、ボーイングのB727には1回も乗った事がなかったくせに、旧ソ連ツポレフのTu-154は1回だけ、旧バルカン・ブルガリア航空で搭乗経験があり、№…

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№1402 思い出の海外旅行クロニクル 20.2003年ポルトガル 5<終>

 2003(H15)年1月のポルトガル旅行、今回はやや日程が短く、多少慌ただしくもあったが、今回は大きなヘマもなく、無事日本に帰って来れました。  最終回は、ポルトガルの鉄道の車両と、リスボンの各駅の画像をご覧頂きます。また、いつものように総まとめとして、当時感じたポルトガルの鉄道の印象と、ポルトガルそのもののパーソナルデータを記して、完結です。  ポルトガル鉄道(Comboios …

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№1401 思い出の海外旅行クロニクル 20.2003年ポルトガル 5

 ポルトガル最終日はリスボンとその近郊を巡り、ロカ岬で夕陽を眺めます。  タルゴの夜行「ルシタニア急行」でマドリードに抜け、帰国の途に。 2003年 1月16日(木)  昨日APから見たSLが気になったので、朝方はサンタレンまで往復してきました。  サンタレン駅。ICや、一部のAPも停車するが、駅付近は田舎という感じ。  この駅の構内には小規模な鉄道博物館が…

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№1399 思い出の海外旅行クロニクル 20.2003年ポルトガル 3

 ポルトには2種類の「トラム」があります。ドゥーロ川の畔を行き交う短区間の動態保存的クラシック電車と、後に一大ネットワークを築く事になるLRT。この両方を乗り歩いた後、ナローゲージのローカル線を訪ねます。  翌日はいよいよアルファ・ペンドラー(AP)乗車。 2003年 1月14日(火)  ポルトのトラムについては事前に色々な情報が錯綜する状態だったが、この日訪れた時点で、ク…

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№1398 思い出の海外旅行クロニクル 20.2003年ポルトガル 2

 1回お休みしたが、ポルトガルの旅の「クロニクル」、続けます。  さて、南部のラゴスで一泊の後、ローカル列車を乗り継いで、バレイロ経由でリスボンに戻ります。  翌日もローカル列車を乗り継いでポルトへ。どちらも旧型DCが残っていました。 2002年 1月12日(日)  なんとか7時まで眠りました。薄ら寒い。外は今日も快晴のようだ。  レセプションは閉じたまま。傍らに椅子を並べ…

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№1396 思い出の海外旅行クロニクル 20.2003年ポルトガル 1

「思い出の海外旅行クロニクル」、今回は欧州大陸の西の果て、ポルトガルです。私としてはやや異例だが、年明けの1月の旅になりました。  このポルトガル旅行については既に、昨日再公開した本体の「ポルトガルのバス 2003」上で、PDFファイルで記しています。私が所属している海外鉄道研究会の会報に寄稿したもの(亡くなられた長真弓さんの依頼で書いたものでした。読み直してみると、テキストの記述法は、長…

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№1387 思い出の海外旅行クロニクル 19.2002年ノルウェー 6<終>

 2年振りの欧州となった2002(H14)年5月のノルウェーの鉄道の旅、ヘマもあってヘロヘロクタクタな旅になってしまいました。全く残念な事になってしまったが、とにもかくにも何とか帰ってきました。  最終回は、ノルウェーの鉄道の車両と、オスロ中央駅の画像、そしてオスロ市内のトラムの画像もご覧頂きます。また、いつものように総まとめとして、当時感じたノルウェーの鉄道の印象、ノルウェーそのもののパー…

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№1386 思い出の海外旅行クロニクル 19.2002年ノルウェー 5

 2泊連続で夜行(しかも共に座席車)で過ごし、ややヨレヨレ気味だけれど、ストックホルムより帰国の途に就きます。ウィーン経由OS便乗継です。 2002年 5月24日(金)  ストリエンからの夜行はアーランダ空港駅も経由するが、ストックホルム中央まで乗り通します。空港駅は地下ホームでした。ストックホルム中央に近づくと複々線。アーランダエクスプレス(AE)とも出会います。 …

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№1385 思い出の海外旅行クロニクル 19.2002年ノルウェー 4

 トロンヘイムからボーデーにかけての鉄道は、9年前の1993(H5)年10月31日、北欧4ヶ国周遊の過程で乗った事があり、№836で書きました。ただ、あの時は秋分の日を大きく過ぎ、曇天だった事もあって早々と暗くなって、北極圏突入の瞬間も見られませんでした。  今回は快晴。なにより真夏に向かう1日とあってどこまでも日が高く、存分に車窓が楽しめそうです。今回は、帰りを夜行にした日帰りとしました…

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№1384 思い出の海外旅行クロニクル 19.2002年ノルウェー 3

 精神的ショックはまだ残っているけれど、旅は続きます。連休最終日は南部のスタヴァンゲルへ。帰り道は夜行利用でトンボ返り。  翌日はオスロを後にして北を目指します。ローカル線を経由してトロンヘイムまで。 2002年 5月20日(月)  シグナチュールは3日前にミュルダールまで乗っているけれど、改めてクリスチャンスン行で利用します。  11時11分発は4連×2ユニットだったのだが…

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