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zoom RSS 1853 のと鉄道の駅 Before and After 1.七尾線

<<   作成日時 : 2018/05/26 22:00   >>

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 今回の北陸の旅では、11年振りにのと鉄道に乗りました。のと鉄道にはそれ以前、1990年代にも何度か訪れた事があります。
 のと鉄道は元々、1988(S63)年3月、特定地方交通線の能登線(穴水〜蛸島間)を引き継いで開業しました。だから今年はちょうど30周年となります。その後、特定地方交通線ではないが、七尾線(七尾〜輪島間)もJR西日本から引き継いで、1991(H3)年9月に開業しました。この時点で営業キロが114.5qとなり、第3セクター鉄道では第2位になった事もあります(1位は北海道ちほく高原鉄道だった)。
 しかしその後の需要の減少により、穴水〜輪島間は2001(H13)年3月一杯で、能登線も2005(H17)年3月一杯で廃線となり、現状に至っています。残存区間は全線が第2種鉄道事業で、線路は引き続きJR西日本が保有しています。
 今回は過去に乗って撮ってきた、のと鉄道の全駅をご覧頂こうと思います。2回に分けて、第1回は七尾線の各駅です。田鶴浜〜穴水間は、今回の旅で撮ってきた写真も並べて、新旧比較してみます。

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七尾 ななお

 七尾〜和倉温泉間は、JR西日本が第1種鉄道事業者です。電化され、特急は和倉温泉まで乗り入れています。

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和倉温泉 わくらおんせん

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田鶴浜 たづるはま
Before

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After
 田鶴浜から先の各駅は2005(H17)年10月14日(鉄道の日)、愛称が付与されました。ここは「たてぐのまち駅」。

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笠師保 かさしほ
Before

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After
 基本的な形状は変わっていないが、窓が増えて印象が変わりました。愛称「恋火駅」。

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能登中島 のとなかじま
Before

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After
 入口部の屋根を支える柱の意匠が、笠師保と共通です。愛称「演劇ロマン駅」。

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湯乃鷺…じゃなくて 西岸 にしぎし
Before
 我ながら、感心しないアングルだなあ。逆光を嫌ったのだと思うが。

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After
 こうして新旧並べて見ると、田鶴浜〜西岸間各駅の駅舎は、全体的にはモノトーン、色調を押さえた感じにリフォームされているように感じられます。
 愛称は「小牧風(おまきかぜの)駅」だが、由来は「小牧台」と呼ばれる、入り江を挟んだ高台に吹く風、という事らしい。

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能登鹿島 のとかしま
Before

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After
 桜に合わせたのか、ピンク色になりました。愛称「能登さくら駅」。

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穴水 あなみず
Before

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After
 最初の能登線転換時は「のと穴水」と称していました。きっちりリニューアルされています。愛称「まいもんの里駅」。
 この先は廃線区間になります。

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能登三井 のとみい
 転換時は行き違いも出来たのだが、廃線より先に棒線化されました。実は、駅前には旅館があって、20年位前に泊まった事があります。今はどうなっているのだろう。

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能登市ノ瀬 のといちのせ

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輪島 わじま

 次回は能登線です。甲駅時代のオユ10の画像も出します。

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《今日のニュースから》
25日 元ハリウッドプロデューサー・ワインスティーン氏 性的暴行・虐待で訴追
26日 フィギュア・ザギトワ選手に秋田犬贈呈 モスクワで式典

 ロシアでは秋田犬がペットとして人気になっていると、先日BSでも報道されていたが(プーチン大統領への贈呈で火が付いたとの事)、先日秋田に行った時も、秋田県を前面に押し出してPRしようという姿勢も垣間見えました。由利高原鉄道YR−3000形にも描かれていたし。

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