№420 私鉄の車両シリーズ87 南部縦貫鉄道キハ10形

「私鉄の車両シリーズ」、今回は東北新幹線開業に沸く青森県七戸町を走っていた零細私鉄、南部縦貫鉄道で開業から廃止までを走りぬき、今も動態保存されて注目を集める、レールバス・キハ10形を取り上げます。
 また、あわせて同鉄道の全駅と、乗車券などの画像をご覧頂いて、在りし日を少しでもしのんで頂こうと思います。

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 まず、南部縦貫鉄道について。
 同鉄道は1962年に千曳~七戸が開業した、比較的新しいローカル私鉄でした。
 当初はむつ小川原開発の砂鉄輸送をはじめとする貨物輸送がメインとされ、旅客の需要は最初から極めて低いものになると予測されていました。
 そのため、旅客車両もバス並みの輸送力にとどめた「レールバス」キハ10形が2両用意されただけに留まりました。

 キハ10形は、富士重工業が当時製作していた一般のキャブオーバーバスをベースにしており、宇都宮製作所で製造されました。
 車体はモノコックのR9形で、3年前に製作された羽幌炭礦鉄道のキハ11に似ていますが、車体の前後にドアを設けた2ドア仕様となりました。
 バスファンにも懐かしい「バス窓」がドア間に並んでいます。
 エンジンは日野のDS90で、日本では最後の機械式変速機(ギアチェンジ式)を用いたディーゼルカーでもありました。
 全長がわずか10mで2軸式。

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 車内も当時のバス同様、ビニール張りの簡素なロングシートが設けられています。
 白熱灯を使用した車内灯や網棚も、当時のバスのものをそのまま利用されています。
 終始ワンマン化はされず、ドアも手動で、運転士と車掌が直接開閉を扱っていました。
 なお後年、富士重工が次世代のレールバス「Le-car」を開発する際、同形式を参考にしたという逸話も残されています。
 なお同鉄道ではこの他、予備車両としてキハ103及びキハ104がありましたが、103は旧常総筑波鉄道キハ302で終始予備車、104は八戸で運用されていた国鉄キハ10形のキハ1045で、たまに営業運転に入る程度でした。

 南部縦貫鉄道では頼みの綱だったむつ小川原開発計画が頓挫し、細々と続けられていた貨物輸送も1984年に終了、以降はキハ10形2両を中心に旅客輸送が続けられてきました。
 この間1968年には、複線化・電化に合わせてルートを変更した東北本線の線路敷を利用して、野辺地への延伸も行われました。
 しかし元々沿線の人口が少ない上に十和田観光電鉄の路線バスが並行していましたから一般の旅客はほとんど無く、通学輸送さえも生徒数の減少やスクールバスへの移行により激減してしまいました。
 東北新幹線の延伸によるアクセス鉄道への転換を期待しつつ何とか営業が続けられましたが、ついに力尽き、1997年のゴールデンウィークを持って営業を休止、2002年には正式に廃線になりました。
 運行本数は何度か増減が繰り返されましたが、休止直前は1日わずか5往復の運転でした。

 休止後、2000年より「南部縦貫レールバス愛好会」の手により、2両とも旧七戸駅構内で動態保存が行われています。
 2010年12月4日の東北新幹線新青森延伸・七戸十和田駅開業に合わせて、イベントで一般公開が行われています。
 なお、鉄道友の会より1996年の「エバーグリーン賞」を受賞しています。


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 ここで、南部縦貫鉄道に存在した駅の写真をご覧頂きましょう。
 全て1994年の撮影です。

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野辺地
 JR東北本線の駅の裏手にあり、駅舎からは跨線橋を渡って専用ホームに向かいます。
 自前の小規模な駅舎もありました。
 背後の木々は日本初の鉄道防雪林で、鉄道記念物に指定されています。

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西千曳 野辺地から5.6㎞
 上述したように1968年には、ルート変更した東北本線(青い森鉄道)の旧線を利用し、起点を千曳から野辺地に変更しました。
 連絡が途絶えた千曳駅に変えて新設したのがこの西千曳駅です。

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後平 西千曳から3.4㎞
「うしろたい」と読みますが、青森らしい響きと思います。

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 後平から1.5㎞
 開業当時は行き違いが出来たようです。

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坪川 坪から1.1㎞

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道ノ上 坪川から1.9㎞

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天間林 道ノ上から1.0㎞
 比較的後年まで行き違いが可能でした。

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中野 天間林から1.1㎞

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営農大学校前 中野から1.6㎞
 この駅が、現在の新幹線の七戸十和田駅に一番近かったようです。

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盛田牧場前 営農大学校前から1.2㎞
 東北新幹線はここと、営農大学校前駅の間を通過しているようです。

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七戸 盛田牧場前から2.5㎞
 比較的大きな駅舎で、本社機能も入っていました。
 しかし、町の中心や、十和田観光電鉄バスの七戸案内所からは遠く離れていました。


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 記念乗車券やテレホンカードなどの一部です。
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 まず30周年記念乗車券。
 春・夏・秋・冬の4枚1セットでした。

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 車内乗車券。
 極めて乗客が少ない路線でしたが、最後までワンマン化されずに車掌が乗務し、車内で乗車券を発売していました。

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 テレホンカードも上の四季の風景の他、いくつかの種類が発売されていました。
 この他、ネクタイピンなどのグッズ類も、七戸駅で多数発売されていたものです。

 車両も沿線の風景も魅力的な南部縦貫鉄道でしたが、レールバスが1日5往復でも輸送力が相当過剰になってしまうような路線は、残念ながら鉄道としては向かなかったと思います。
 むしろよく35年の間、走ってくれていたのではないでしょうか。
 新幹線開業まで持ちこたえられれば、少しは違ったのかもしれませんが…。
 せめて、七戸駅構内の保存運転で、在りし日を偲べればと思います。

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 今回の記事は
「鉄道ピクトリアル1997年4月臨時増刊号 【特集】東北地方のローカル私鉄」(鉄道図書刊行会)
「ローカル私鉄車両20年 東日本編」(寺田裕一/JTBキャンブックス)
「私鉄気動車30年」(寺田裕一/JTBキャンブックス)
「日本レールバス大全」(斎藤幹男・岡本憲之/芸文社) 等
を参考にさせて頂きました。

 次回は東日本の第3セクター鉄道から、山形鉄道のYR800形です。

 申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
 また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。

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