№945 思い出の海外旅行クロニクル 6.1996年欧州縦横断6<終>

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 せっかく最北端に着いたばかりというのに、オスロでの宿泊もはさみつつ、航空便4便をはさんで、ナルヴィクから一気に日本に帰ります。
 24時間足らずで航空を4便も乗り継ぐのは、後にも先にも例がない事です。

1996年 7月19日(金)

 朝早く目が覚めてしまったのだが、部屋のTVをつけたら、CNNは九州が台風の影響でかなりの被害を出していると伝えていて、宅配便のトラックがひっくり返っていたりしていました。
 明日の帰国は大丈夫か?
 当時のオスロは、現在のガーデモエンではなく、中心から南西のフォルネブに空港がありました。
 バスで約20~30分。往復でルートが違うようだ。

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 空港では、AFのチェックイン業務は地元のブラーテンスS.A.F.Eに委託されています。
 やはりターミナルは狭いし、窓際から垣間見る旅客機もB737とか、DC-9とかいった小型機ばかり。

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 その中から、ブラーテンスのB737-500。

 AF2267便となるB737-500は、9時20分を回ってやってきました。
 出発する33番ゲート付近は、家族連れが多かったような。

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 出発10分前に搭乗開始。
 したがって出発も少々遅くなりました。
 座席が翼の真横になってしまったのは、少々残念…。

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 離陸する前の、エマージェンシーデモ。
 この便のキャビンクルーは、全員男性でした。

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 離陸直後。

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 キャビンはガラガラでした。

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 2時間弱の比較的短距離の路線ながら、きちんとホットミールの機内食が提供されました。
 りんごとクリームのデザートが良かったと思います。

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 パリへ一路南下、オランダのアイセル湖。

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 パリが近づくと、左手にシャルル・ド・ゴール空港が、かすかながら見えてきました。

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 2時間弱のフライトでシャルル・ド・ゴールに到着。
 ターミナルへはバスで移動したが、これが少々遠い。
 行きのリスボン行と同じエリアでした。

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 成田行AF276便、B747-400。

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 Cターミナルの89番は既に日本人ばかり。

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 成田同様、ここでも搭乗口の脇に、フライトインフォメーションが掲げられていました。

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 離陸直前、左手には旅客機がズラリ。
 JAL機の姿もありました。

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 離陸直後の農村地帯。
 どこまでもメカニカルな光景が広がり、集落が所々固まっている他は全部畑。

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 オランダ上空で海が近づいてきました。

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 キャビンは大半は日本人、これはJAL便ではないのか?と錯覚する程。
「空港内混雑のため」とかで出発は15分程の遅れで出発したのだが、アナウンスに寄れば、追い風に乗って成田は定刻になるそうです。

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 離陸後の食事。
「ロックフォールサラダ・サーモン、キャベツのバター風味または鶏照り焼き胡麻ライス、チーズ、フローヌ(チーズケーキ)、コロンビアコーヒー、アカワイン・コート・デュ・タルヌ」。
 本当はサーモンを選択したかったのだがもうなくなってしまって、鶏の照り焼きになりました。
 ロックフォールサラダの味付けは、日本人にはどうかな…?と感じました。

 それより問題は肘掛が故障してしまってテーブルが出なかった事と(このため席を変えてもらった)のと、オーディオのJ-POP(当時はそんな言葉はなかったと思うが)チャンネルがヘンで、ドリカムの曲のあたりで行ったりきたり。
 一応日本人CAには言っておいたが、結局到着まで直せないそうだ。
 B747-400だから、そんな古い機材ではないはずなんだけれどなあ。

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1996年 7月20日(土)

 北の方を見ると、赤い太陽がほんのわずか、雲の隙間から顔を覗かせていました。

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 到着前の朝食。
 コールドミール。

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 ほぼひたすら曇り空のシベリアから日本海を抜け、新潟から上越国境に抜けて行きます。

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 客室のモニター。
 水戸市から鹿島灘付近を下降中、銚子を目指すルート。

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 ちょうど8時、成田空港到着。
 入国審査が大変な行列だったけれど、とにもかくにもお疲れ様でした。

 最後に、今回利用したユーレイルパス。

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 15日用なので、6日間位使い残してしまいましたけれどね…。
 前に書いたように、カスケイスでヴァリテード(通用開始)にしてもらったユーレイルパスなど、どの程度例があったのでしょうかね。

 若干慌しくもあり、といって途中ではリフレッシュ滞在もありの、西→北鉄道乗り継ぎの旅は終わりました。
 全くあくまで個人的な好みだが、やはり大勢でワイワイするのが好きそうで、景色が乾いた感じがする西(南)より、比較的静寂(寡黙?)で緑が豊か、ダイナミックな北側に心が惹かれたと思います。
 今回の旅で、それをはっきり自覚しました。
 もちろん南には南、北にも北の良い所はたくさんあり、それについては今後の旅行でおいおい解ってくる事になります。
 この経験を踏まえ、次回はついに、「ユーレイルパス通用17ヶ国完全踏破」(1996(H8)年10~11月)の、23日間にも及ぶ大旅行になります。
 6月に書く予定です。

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「バスジャパン・ハンドブックシリーズR80・関東バス」をようやく入手しました。
 データ分析等はこれからになります。

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